『王選前日譚 流血の帝国外交』1


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「──お前たちを呼び出したのは他でもない」

 そう重苦しい声で切り出したのは、いわおのような顔つきの人物だった。

 刈り込んだ緑の短髪に、全身を分厚い筋肉のよろいで覆った大柄の男だ。首と肩幅の厚みが尋常ではなく、鍛え上げられた戦士だけが持てる闘気が全身に満ち満ちている。

 きよを窮屈な椅子に押し込み、こくたんの机越しに正面をにらむ眼光は威圧を伴い、常人ならばその眼力だけでひれ伏してしまいかねない。

 ──男の名はマーコス・ギルダーク。

 親竜王国ルグニカの騎士であり、王国最強と名高い近衛このえ騎士団の団長を務めるたたき上げのふるつわものだ。その剣力と実績から、満場一致で王国第二位の個人戦力と認められている。

 つまり、武力的に王国で最も怒らせてはならない人物の一人なのだが──、

「──団長、もったいぶらないでくださいよぅ。フェリちゃん、これでも予定が詰まってて大忙しにゃんですからぁ」

 そんなマーコスを相手に、軽々しい口調で応じる人物がいるから驚きだ。

 声の主はマーコスの威圧的な視線を受け流し、平然と微笑ほほえみながら彼に相対している。

「フェリックス」

「むっ! いい加減、フェリスって呼んでくださいよ、団長。その名前、男臭くて」

「男臭いも何もあるか。正真正銘、お前は男で、お前の名前だ」

 唇を曲げ、マーコスが上から強く言い聞かせる。すると、その言葉に憤慨するのは首丈の亜麻色の髪を揺らし、髪と同色の猫耳を頭部に生やした美少女──風の人物だ。

 フェリックス・アーガイル──フェリスを自称し、少女のようにれんに振る舞う近衛このえ騎士団所属の『男性』騎士。それが彼の正確な素性である。

 そのフェリスは、マーコスの言葉に不満げに唇をとがらせ、

「子どもじゃないんですから、本当のことなら何を言ってもいいなんて思わないでくださいよぅ。フェリちゃん、そんな聞き分けのない団長、好きじゃないです」

「口の減らないやつだ。横の二人を見習って静かにしていろ」

「はぁい」

 反省の薄い返事をして、背筋を正すフェリスがちらと隣を横目にする。そこにはフェリスと同じで、マーコスの正面に並ばされる二人の人物が立っている。

 一人は目尻を柔らかく下げ、もう一人は表情を厳しく引き締めたまま。

「二人ってば、ノリわる~い」

 舌を出し、フェリスが口の中だけでつぶやく。もっとも、その呟きは耳のいいマーコスには筒抜けだったのだが、騎士団長はあえてその発言には触れず、

「優秀な部下を持って、俺は幸せな団長だよ」

 と、お茶を濁したような発言をするにとどめたのだった。

「本題に入ろう。──お前たち三人に要人の警護を命じる。目的地は、ヴォラキア帝国」

「要人の警護……それも、帝国にですか?」

 姿勢を正し、最初の話題に立ち返るマーコスに疑問の声が上がる。片眉を上げ、疑問を口にしたのは紫髪の美丈夫だ。彼は整った横顔と、黄色い瞳に疑念を宿し、

「今、帝国と接触するのは余計な波風を立たせかねない気がしますが」

「お前の懸念もわかるが、その辺りは俺やお前の領分ではないな、ユリウス。もっと上の判断に委ねるべき問題だ。他に質問は?」

「……人選に疑問の余地が」

 名前を呼ばれた美丈夫──ユリウス・ユークリウスが声を低くし、自分の右隣の騎士を見る。そこに立つ赤毛の青年は、ユリウスの視線に「確かに」と顎を引いた。

「要人の警護だけならいざ知らず、国外の案件で僕の名前が挙がることには疑問があります。僕は本来、国境沿いに近付くことも禁じられている身なのですから」

「直接、国家間条約に『ラインハルト・ヴァン・アストレアを禁ずる』とあるわけじゃない。それに今回の案件、お前の越境は相手方の要望だ」

「相手の要望、ですか?」

 赤毛の青年──ラインハルト・ヴァン・アストレアがいぶかしげに眉を寄せた。ユリウスやフェリスも、彼同様にキナ臭いものを感じた顔つきになる。

 そんな三者にうなずきかけ、マーコスは深く重い、ため息のような息を吐いて、

「──神聖ヴォラキア帝国の皇帝が、お前を謁見させるよう希望しているそうだ」

 と、そう言ったのだった。

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