第五幕 乙女と青年の秘密③
◆◆◆
年が明けると、
冬休みも終わり、新学期になって二日目。
「わたくし、
「
「でも
「そうなの。公爵様もご一緒にいらして」
「すごいわ! 本物のプリンスに会えたのね」
「わたくしのおうちには、作家の
「きゃあ、うらやましい!」
きらびやかなホテルの舞踏会も、異国の公爵様も、女学生の神にも
『次からは何かあったらまず俺に言え。金のことはなんとかしてやるから』
いつにない真剣な顔で
ついでに母にも
『お母さまが頼りないから、有紗ちゃんにそんなことをさせてしまったのね。ごめんなさいね』
と泣きそうな顔で言われ、『お母さまは悪くないわ!』と必死に
『大丈夫。お金のことなら、
母は
(結局、六条家にお世話にならないと生きていけないのね……)
自分は無力だ。
「──ねえ、有紗さんは? 冬休みはどちらへ行かれましたの?」
教科書を
「ずっと
「いいわね。どちらのほうへ行かれましたの?」
「青ヶ台です」
「まあ、わたくしもそちらに行ってましたのよ。せっかくだからお会いしたかったわ」
「近頃青ヶ台は人気みたいですわねえ」
他の級友たちもまざってきて、おしゃべりの輪が大きくなっていく。
楽しい時間だったが、頃合いを見て有紗は抜け出すことにした。帰って弟たちの世話をしなければならないのだ。
「お先に失礼します。ごきげんよう」
「あら、もうお帰りになるの」
「有紗さん、次の学校新聞も楽しみにしていますわ」
手を振る彼女たちに笑顔で応じ、包みを
色とりどりの着物に
ちらちらと
(
はまったままの指輪は、
(お礼状……というかお
謝らなければいけないことはたくさんあるし、お礼も言いたい。
何より彼は
(はぐらかされてしまったし、
あなたのことが知りたいです。──そう堂々と言えたらいいのに。
(って、何を考えているのよ。そんな興味本位で周りをうろうろされたら気を悪くされるわ)
自分で自分を
やけに前方がざわついているのに気づき、有紗は顔をあげた。
先を行く女学生たちが、校門を出たあたりでぱっと散っていくのが見えた。
(何かしら? 事件の
人波をぬって前に出ると、校門のど真ん前に黒い自動車が止まっていた。
助手席のドアに長身の青年が一人、
黒ずくめの服に、
間違いなく京四郎だった。
「!?」
思わず固まった有紗に、気づいた彼が目を向けてくる。
何が起こっているのかわからずにいると、彼はさらに意味不明なことを言った。
「おかえりなさい。お
「え……あ……え!?」
後部座席のドアを開けた彼が、じっと見つめてくる。乗れ、と目が語っていた。
はたと有紗は我に返る。周りの女学生たちの注目の的になっているのに気づき、
運転席に乗り込んだ京四郎が車を発進させる。好奇の視線を向けていた女学生の集団がたちまち後ろへ遠ざかっていった。
座席にちょこんと座り、有紗はどぎまぎしながら前をうかがう。
(これってどういうこと? どうして急に京四郎さんが?)
青ヶ台の別荘を出て以降、彼とは連絡を取っていない。別れ際に短い
「……君」
「はっ、はいっ?」
ルームミラー越しにこちらを見た彼と目が合う。なぜか
「いつもこんなふうに簡単によその車に乗るのか? 私でなければ今ごろ
有紗はぽかんとし、それから目をむいた。
「って……なんなんですか、一体!?」
ほぼ無理やり車に乗せておきながら、なぜ小言をくらわなければならないのか。
受け取った有紗は、またしても
「ええっ? なんです、この大金!」
「君の
はっとして有紗は前を見た。
「だめです! お気持ちはありがたいですが、こんなことをしていただく理由がありません」
「わかっている。
言葉に詰まった。申し訳ないという気持ちの他に、それも確かにある。
「……はい。嫌です」
これでは六条家の
京四郎は意に
「だから、うちで働いてくれ」
「……え?」
「施しではなく労働の対価としてなら受け取れるんだろう? ちょうど助手を探していたんだ」
「助手……」
それはつまり、あの仕事の助手なのだろうか。
とても興味があるし、一緒にくっついていれば彼の本当の顔を知ることもできるかもしれない。それに正直、
けれども、指に巻かれた包帯を見ると、ためらいがわいた。
「でも、
ふん、と彼が鼻で笑う。
「君に
「……」
「私といると
やる気のないような声で重ねて
「本当に、
ミラー越しに目が合った彼が、無表情のまま
「頼むからいてくれ、お嬢様」
それは〝
それでも頼りにされたようで嬉しくて、有紗はやっと笑みを浮かべた。
彼が何者なのか、いつかわかる日がくるだろうか。好奇心と同時に、使命感もこみあげてくる。助手に指名されたからにはやれるだけのことはやろう。
「はい!」
京四郎がうなずき、助手席に置いてあった冊子を取って
「では今からさっそく現場にいく。読んで予習しておいてくれ」
今からと言われて驚いたが、すぐに表情を引き
「お任せください。わたしのこれまで
「期待しているよ。ほどほどに」
「あ、信じてませんね? わたしが本気を出したらすごいんですよ」
「わかったわかった。とても楽しみだ」
「全然心がこもってません!」
気のない目つきで言われ、ふくれて言い返す。
「もう、そんなに皮肉ばかり言って。痣が増えても知りませんからね」
「その時は君に
「ええっ。またですか!?」
「
「嬉しくないですっ」
一度やった時には、致し方ないこととはいえだいぶ心をえぐられたものだった。できるならば人の悪口を言いまくるのはしたくない。年頃の
皮肉屋の彼に
「こうなったらものすごく役に立って、意地でも
むきになって冊子をめくり、有紗は真剣な顔でページに目を走らせる。
ミラー越しにこちらを見た京四郎が少し笑ったことには、残念ながら気づかなかった。