第五幕 乙女と青年の秘密③


◆◆◆


 年が明けると、うそのように元の日常が戻ってきた。

 冬休みも終わり、新学期になって二日目。

 静華せいか女学院の四年花組の教室では、少女たちが休みをどんなふうに過ごしたのか、楽しげに報告し合っている。

「わたくし、帝都ていとホテルの落成記念舞踏会ぶとうかいに行きましたの」

素敵すてきね! わたくしなんてずっとおうちにこもりっぱなしでしたわ」

「でも三港財閥さんこうざいばつのあの方がいらしたんでしょう? ほら、英国の公爵こうしゃく様のお友達だっていう」

「そうなの。公爵様もご一緒にいらして」

「すごいわ! 本物のプリンスに会えたのね」

「わたくしのおうちには、作家の高屋敷たかやしき先生がいらして──」

「きゃあ、うらやましい!」

 屈託くったくなくきゃあきゃあ話しているのを聞きながら、有紗ありさはぼんやりと帰り支度じたくをしていた。

 きらびやかなホテルの舞踏会も、異国の公爵様も、女学生の神にもあたいする少女小説の大家のことも、普段ふだんならばすごい勢いで食いつくところだが、今は他に気になることがある。

 青ヶ台あおがだい湿原しつげんの事件から一週間。

 むかえにきたかおるによって帝都の自宅じたくに帰った後、叔父おじからはみっちりお説教された。

『次からは何かあったらまず俺に言え。金のことはなんとかしてやるから』

 いつにない真剣な顔でさとされ、いたたまれなくて仕方がなかった。

 ついでに母にも真相しんそうを言いつけられてしまい、うそをついたことをしかられた後でしゅんとして謝られた。

『お母さまが頼りないから、有紗ちゃんにそんなことをさせてしまったのね。ごめんなさいね』

 と泣きそうな顔で言われ、『お母さまは悪くないわ!』と必死に否定ひていしたのも記憶きおくに新しい。

『大丈夫。お金のことなら、六条ろくじょうのおじいさまにお願いしますからね』

 母は微笑ほほえんで言っていたが、無理して笑っているのはすぐにわかった。それがいやだから出稼でかせぎにいったようなものなのにと思うと、気が重かった。

(結局、六条家にお世話にならないと生きていけないのね……)

 自分は無力だ。所詮しょせんは女学生で、子どもなのだ。そう思ったら深いため息が出た。

「──ねえ、有紗さんは? 冬休みはどちらへ行かれましたの?」

 大人おとなしいのが気になったのか級友たちが声をかけてきた。

 教科書を風呂敷ふろしきに包み込むと、有紗はみを浮かべて彼女たちを見る。

「ずっと別荘べっそうで過ごしましたわ」

「いいわね。どちらのほうへ行かれましたの?」

「青ヶ台です」

「まあ、わたくしもそちらに行ってましたのよ。せっかくだからお会いしたかったわ」

「近頃青ヶ台は人気みたいですわねえ」

 他の級友たちもまざってきて、おしゃべりの輪が大きくなっていく。

 楽しい時間だったが、頃合いを見て有紗は抜け出すことにした。帰って弟たちの世話をしなければならないのだ。

「お先に失礼します。ごきげんよう」

「あら、もうお帰りになるの」

「有紗さん、次の学校新聞も楽しみにしていますわ」

 手を振る彼女たちに笑顔で応じ、包みをかかえて教室を後にする。

 色とりどりの着物にはかま姿の女学生たちであふれた廊下ろうかを抜け、玄関を出た。馨がくれたカシミアの襟巻えりまきを巻いて歩き出す。

 ちらちらと粉雪こなゆきが舞う中を歩いていると、雪にうもれた別荘と──そこで出会った一人の青年の顔が思い出された。

京四郎きょうしろうさんは、お元気かな……)

 はまったままの指輪は、包帯ほうたいを巻いてごまかしている。接触せっしょくがなければあざは痛んだり増えたりしないようだと一応結論づけていたから、その意味では無事だろうが、やはり心配だった。のろいがなくなったわけではないのだ。

(お礼状……というかおび状を書きたいんだけど、なんて書けばいいのか迷うところだわ)

 謝らなければいけないことはたくさんあるし、お礼も言いたい。

 何より彼はなぞ多き人物だ。記者を目指す者として捨て置けない存在である。

(はぐらかされてしまったし、さぐられたくないのかもしれない。気になるんだけど……)

 あなたのことが知りたいです。──そう堂々と言えたらいいのに。

(って、何を考えているのよ。そんな興味本位で周りをうろうろされたら気を悪くされるわ)

 自分で自分をしかりつけ、大胆だいたんなことを思ってしまって頰を赤らめた時だった。

 やけに前方がざわついているのに気づき、有紗は顔をあげた。

 先を行く女学生たちが、校門を出たあたりでぱっと散っていくのが見えた。ずかしそうにげ出す者や、興味津々しんしんというように立ち止まってひそひそ話している者たち、まゆをひそめて遠巻きにしている者──。

(何かしら? 事件のにおいがするわね)

 途端とたんに元気になり、有紗はすかさずけ出した。次の学校新聞のネタになるかもしれない。

 人波をぬって前に出ると、校門のど真ん前に黒い自動車が止まっていた。

 助手席のドアに長身の青年が一人、退屈たいくつそうな顔で寄りかかっている。

 黒ずくめの服に、無造作むぞうさに伸びた髪、人形のように整った白い顔。

 間違いなく京四郎だった。

「!?」

 思わず固まった有紗に、気づいた彼が目を向けてくる。

 何が起こっているのかわからずにいると、彼はさらに意味不明なことを言った。

「おかえりなさい。お嬢様じょうさま

「え……あ……え!?」

 後部座席のドアを開けた彼が、じっと見つめてくる。乗れ、と目が語っていた。

 はたと有紗は我に返る。周りの女学生たちの注目の的になっているのに気づき、あわてて車に乗り込んだ。よくわからないがあの場に突っ立っているよりはましなはずだ。

 運転席に乗り込んだ京四郎が車を発進させる。好奇の視線を向けていた女学生の集団がたちまち後ろへ遠ざかっていった。

 座席にちょこんと座り、有紗はどぎまぎしながら前をうかがう。

(これってどういうこと? どうして急に京四郎さんが?)

 青ヶ台の別荘を出て以降、彼とは連絡を取っていない。別れ際に短い挨拶あいさつをしただけだ。こんなふうに会いに来る理由がわからない。

「……君」

「はっ、はいっ?」

 ルームミラー越しにこちらを見た彼と目が合う。なぜか不機嫌ふきげんそうだ。

「いつもこんなふうに簡単によその車に乗るのか? 私でなければ今ごろ誘拐ゆうかいされているところだぞ。もっと気をつけろ」

 有紗はぽかんとし、それから目をむいた。

「って……なんなんですか、一体!?」

 ほぼ無理やり車に乗せておきながら、なぜ小言をくらわなければならないのか。

 抗議こうぎの視線を受け流し、京四郎が片手で紙切れのようなものを寄越よこしてくる。

 受け取った有紗は、またしても仰天ぎょうてんした。金額が入った小切手だったのだ。

「ええっ? なんです、この大金!」

「君の伯父上おじうえたちに代わって肩代かたがわりしてやる」

 はっとして有紗は前を見た。

「だめです! お気持ちはありがたいですが、こんなことをしていただく理由がありません」

「わかっている。ほどこしを受けるのがいやなんだろ」

 言葉に詰まった。申し訳ないという気持ちの他に、それも確かにある。

「……はい。嫌です」

 これでは六条家の援助えんじょを受けている現在と何も変わらない。むしろ親戚しんせきでもない彼にお金をもらうのは、より肩身がせまい。

 京四郎は意にかいした様子もなく言った。

「だから、うちで働いてくれ」

「……え?」

「施しではなく労働の対価としてなら受け取れるんだろう? ちょうど助手を探していたんだ」

「助手……」

 それはつまり、の助手なのだろうか。

 とても興味があるし、一緒にくっついていれば彼の本当の顔を知ることもできるかもしれない。それに正直、報酬ほうしゅう魅力的みりょくてきだ。

 けれども、指に巻かれた包帯を見ると、ためらいがわいた。

「でも、無闇むやみに接すると痣が痛むんですよね? 迷惑めいわくをかけてしまうと思うんですが……」

 ふん、と彼が鼻で笑う。

「君にののしってもらえば減っていくんだ。迷惑どころか、一緒にいてもらわないと困る」

「……」

「私といると面白おもしろい目にえるかもしれないぞ」

 やる気のないような声で重ねてさそわれ、有紗はおずおずと彼を見た。

「本当に、そばにいてもいいんですか?」

 ミラー越しに目が合った彼が、無表情のまままゆをあげる。

「頼むからいてくれ、お嬢様」

 それは〝下僕げぼく〟としてのへりくだった台詞せりふだったのかもしれない。

 それでも頼りにされたようで嬉しくて、有紗はやっと笑みを浮かべた。

 彼が何者なのか、いつかわかる日がくるだろうか。好奇心と同時に、使命感もこみあげてくる。助手に指名されたからにはやれるだけのことはやろう。

「はい!」

 京四郎がうなずき、助手席に置いてあった冊子を取って寄越よこした。

「では今からさっそく現場にいく。読んで予習しておいてくれ」

 今からと言われて驚いたが、すぐに表情を引きめて受け取る。

「お任せください。わたしのこれまでつちかった経験を全力でそそいでお手伝いしますから」

「期待しているよ。ほどほどに」

「あ、信じてませんね? わたしが本気を出したらすごいんですよ」

「わかったわかった。とても楽しみだ」

「全然心がこもってません!」

 気のない目つきで言われ、ふくれて言い返す。

「もう、そんなに皮肉ばかり言って。痣が増えても知りませんからね」

「その時は君に罵詈雑言ばりぞうごんをあびせてもらうさ」

「ええっ。またですか!?」

あるじの特権だ。喜びたまえ」

「嬉しくないですっ」

 一度やった時には、致し方ないこととはいえだいぶ心をえぐられたものだった。できるならば人の悪口を言いまくるのはしたくない。年頃の乙女おとめ的に。

 皮肉屋の彼に対抗たいこうするには、皮肉を言わせないくらい頑張るほかないだろう。

「こうなったらものすごく役に立って、意地でもめさせてみせますから。見ててください!」

 むきになって冊子をめくり、有紗は真剣な顔でページに目を走らせる。

 ミラー越しにこちらを見た京四郎が少し笑ったことには、残念ながら気づかなかった。

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 桜乙女と黒侯爵 神隠しの館と指輪の契約

    桜乙女と黒侯爵 神隠しの館と指輪の契約

    清家未森/ねぎしきょうこ

  • 桜乙女と黒侯爵 双子姉妹の秘密

    桜乙女と黒侯爵 双子姉妹の秘密

    清家未森/ねぎしきょうこ

  • 桜乙女と黒侯爵 乙女の想いと二人の兄

    桜乙女と黒侯爵 乙女の想いと二人の兄

    清家未森/ねぎしきょうこ

Close