第二章 勇者 vs 魔将軍シュティーナ

3.明日自分が死んでも組織が回るようにしろ

 報告に来たダークエルフの女──名前は確か、そう。ディアネットだ。彼女は、言いつけ通り俺の代わりに魔力供給の仕事を終わらせてくれたようだった。

 ディアネットの手には、俺が渡した紙切れ……つまり、仕事の手順を記載した手順書が握られている。あれもちゃんと活用してくれたようだ。偉いぞ。

『──では、炉への魔力供給業務。その詳細を報告せよ』

「はい。ええっと、ゴッドハート卿」

『改め、黒騎士オニキスである。以後オニキス卿と呼べ』

「は、はあ……とにかく、オニキス卿より賜りました護符アミュレット。あれは正常に動作しました。耐久にも問題は無さそうですので──」

「ちょっと待って。ちょっと待って」

 いまだ事態を把握できていないシュティーナが、両手で〝待った〟をかけながら口を挟んでくる。

「護符? どういうことです? レ……オニキス卿が魔力供給してきたのではないのですか?」

「あ、あの、ええと」

『聞けば分かる。まずは報告を聞いてやるといい、魔将軍よ』

 やれやれだ。部下の報告を落ちついて聞いてやるのも上司のつとめだというのに。

 実際、なにがあったのかは聞けば分かることだし、変に口を滑らせて俺の正体がバレても困る。俺はうなずき、ディアネットに説明の続きを促した。

「護符の耐久にも問題はなさそうですので、お許しを頂けるようであれば、明日からの魔力供給はわたくしどもで代行させて頂きます。いかがでしょうか、シュティーナ様」

「──あれは私の作った魔力炉ですけど、お前たちで大丈夫だったのですか?」

「はい。お聞きになっていないのですか?」

 ディアネットは、ひもで首からさげていた小ぶりな護符をシュティーナに差し出した。執務室を出てすぐ、ゴブリン彫金師の工房を借り受けた俺が十五分ちょいで作ったものだ。作るのはさほどの手間ではなかった。

 まずは俺がシュティーナの魔力波長をる。手頃な紫水晶アメジストを魔法陣の中央に置き、ゆっくりと手のひらから魔力を流し込み、波長をなじませる。こうすることで紫水晶アメジスト自体が魔力波長を記憶し、装着者の魔力波長を自動的に補正してくれるようになるのだ。

 あとは紫水晶アメジストを六角形状に加工し、適当な革袋に入れるだけ。これで護符の完成だ。

 紫水晶アメジストは頑固な石で、一度記憶した魔力波長はけっして忘れない。駆け出しの彫金師はこの性質のせいでいくつもの紫水晶アメジストをダメにしてしまうのだが、今はそれがプラスに働いていた。

 メンテナンスも何も要らない。石が割れたり砕けたりしない限り、半永久的にシュティーナの魔力波長を真似することができる。

 まあ、波長を真似たところで魔力炉への補給を代行するくらいしかできないのだが、いま必要なのはまさにそれだ。問題はないだろう。


 最初の十五分で護符を作る。残ったもう十五分のうち、五分でディアネットを捕まえ、五分で仕事の手順を教え、「レオにいちゃんと同じにおいがする!」と変に鋭いリリを残り五分でなんとかあしらってこの部屋に戻る。

 全部で三十分。これが俺のやった仕事の内訳だ。


 最初シュティーナに『二時間と三十分かかる』と言ったのは、ディアネットの作業時間も含んだ見積もりだった。だいたいそれくらいかかるだろうなーとは思っていたが、さすが俺。狙い通りだ。

「これを身に着けていれば、自分の魔力波長が一時的にシュティーナ様と同じものになる。我々でも、シュティーナ様が作られた魔力炉へ魔力を供給できる、と……その、オニキス卿が」

「……」

 シュティーナがパッとこちらを向いたが、無視する。お前は後だ、後。俺は一歩進み出ると、ディアネットに尋ねた。

『そして、我はこうも言ったな。〝お前と同程度の魔力を持つ者をもう数人見つけ、そいつらと共に魔力供給の仕事をせよ〟と』

「はい。私以外にもう三人ほど同レベルの魔術師がおりましたので、四人でタリスマンを使いまわして本日の作業を行いました」

『結構。ならば、四人全員が手順を把握できたことだろう』


 大仰に頷いてやる。これ、魔王になったみたいで結構楽しいな……シュティーナはというと、徐々に事情を飲み込んできたのか、黙って俺達のやりとりを聞いてくれている。


『魔将軍殿は忙しい。明日からはその四人でチームを組み、交代で炉心への魔力供給を行え。人数分の護符は三日以内に支給させる』


「はっ」

『本日は少々時間がかかったようだが、初日ゆえ許す。次からはぎわよくやることを意識し、仕事を進めよ』

「はっ、承知いたしました!」

『我からは以上である』

 会話が途切れ、ディアネットがシュティーナの方を見た。

 部屋の主はあくまでこいつだから、彼女の許しがないとディアネットも退室できない。かわいそうに、ディアネットはカチコチに固まり、退室許可を今か今かと待っていた。

 固まってしまうのも無理はない。そもそもこのシュティーナ、習得困難な数々の呪文を修めた魔界の賢者ということで、魔術師の中ではだいぶ名の通った存在なのだ。《全能なる魔》の二つ名は伊達だてではない。

 魔王軍が大所帯だった頃は、こうして直接会話することなどまず許されなかった相手。そりゃあ緊張もするはずだ。

 しかし、その《全能なる魔》は己の身に起きたことを整理するのに必死らしく、マヌケ面でモゴモゴと言葉にならない何かを口走っていた。

「あー。その、えーと……」

「シュティーナ様?」

「ええと……うう……」

「あの……」

 このままだと、四天王への畏怖と尊敬がガラガラと音を立てて崩れ去るのも時間の問題に見える。仕方がない。助け舟を出すか。

『魔将軍殿。見ての通りだ。我に一任頂いた魔力炉への魔力供給は、これにて完了した』

「はっ? は、はい。ええ、ご苦労でした」

『こうして貴殿の負担を減らすのが我らの仕事だ。ディアネットも心配していた』

「……この子も?」

「はっ。あ、あの、せんえつながら」

 エルフ特有の長い耳をぴんと伸ばし、ディアネットがたどたどしく告げた。

「シュティーナ様が大変なのは存じ上げておりましたが、その……恥ずかしながら、いったい何をすれば貴方あなたさまのお力になれるのか分からず、どうしたものかと困っておりまして」

「……」

「オニキスきょうのおかげで、魔力供給だけは我々でも代行できそうです。他にも何かお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付け下さい」

「──そ、う。……そうね」

「?」

「おほん」

 偉そうに一つ咳払いする。シュティーナは、少なくとも表向きはいつものペースを取り戻したようで、しく指示を出した。

「わかりましたディアネット。大義でした。下がりなさい」

「はっ、はい! 失礼します!」

 ようやく退室許可が得られてあんしたのか、ディアネットがかすかな笑みを浮かべる。俺とシュティーナに深々と一礼し、ディアネットはぱたぱたと走り去っていった。

 扉が完全に閉まったのを確認した後、

『どうだ。我のやったこと、理解して頂けたかな。魔将軍殿』

「まず、そのしゃべり方をやめなさい。《転身メタモルフォーゼ》も解きなさい」

『あいよ』

 黒騎士の姿から元の姿に戻ると、さっきまで腰掛けていた椅子に座る。

 その間、シュティーナはじっとこちらを見ていた。何も言わずとも、目が〝説明しなさい〟と言っている。何が起きたのかは大方把握しているのだろうが、やはり俺の口から聞かねば納得できないようだった。

紫水晶アメジストですね? 使ったのは」

「そうだ」

 シュティーナの言葉に頷いてやる。

「〝お前にしか出来ない〟というのが問題なら、そこを解決してやればよろしい。紫水晶アメジストの護符で、誰でもお前の波長を真似できるようにする──作業者はディアネット含めて四人。タリスマンは予備も含めて六個支給。それだけあれば十分だろう」

 ふところから予備のタリスマンを取り出し、軽く振る。ころころと宝石が転がる音がした。

 もしディアネットに渡したものが破損したり上手うまく動作しない時は、こいつを渡した上で俺も同行するつもりだった。宝石を加工するのは数年ぶりだったので内心ヒヤヒヤしていたのだが、どうやらゆうだったようだ。俺の彫金技術もまだまだ捨てたものではないらしい。

「タリスマンの核となる、波長を記憶させた紫水晶アメジスト。これはもうゴブリンの彫金師たちに渡してあるから、残りのタリスマンもじきに出来上がるはずだ。今後、お前は定期的にディアネット達の報告を聞き、何か問題があった時だけ現地に向かえばいい。わかったか?」

「……むう」

「約束通りだ。二時間と三十分で、お前の仕事をほぼ永久に一つ減らしてやったぞ」

「……むう……」

 反論しようにもなかなか言葉が出てこないようだった。

 戦いにおいて重要なのは、相手の隙をつくことだ。

 リーダーがやられて統率が乱れた隙。とりでの見張りが交代する一瞬の隙。大技をたたき込み、相手が必殺を確信した瞬間の隙を狙い、攻勢に転じるのだ。

 それは人間関係においても変わらない。シュティーナがほうけた隙をつき、俺はずっと言いたかったことを言うことにした。

「いいか。仕事ってのは一人でやるもんじゃない。いろいろなやつが所属してる組織の運用ならなおさらだ。スペックの高い奴が単独で頑張るよりも、凡夫でいいから一人一人が自分に出来ることをやるだけでいい。それだけでだいたいの仕事はうまく運ぶもんさ」

 もちろんこれは理想論だ。うまく運ばないときだってある。個人個人の能力が低かったり、そもそも人数に対して仕事の総量が多すぎる時とかな。

 あれはいつだったか──前に少し商人ギルドの手伝いをしてやったことがあるのだが、あれはひどかった。

 とにかく仕事量が多すぎたのだ。二倍か三倍の人数がいないと到底こなせないような量の仕事がバンバン入ってくるもんだから、人は倒れるわ責任者は逃亡するわで散々だった。

 今でこそ世界各地に支部を持つ商人ギルドだが、当時は小さな港町から始まった弱小組織に過ぎず、運営のノウハウも皆無だった。無責任に仕事を取ってくる当時のギルドマスターを叩き出して俺が組織を立て直さなかったら、今の商人ギルドは存在しなかっただろう。

 そういう特殊なケースはともかく、今の魔王軍のように〝特定の誰かがいないと仕事が回らない状況〟というのは、組織を運営していく上で極力作ってはならないのだ。

 部下に仕事を教える。部下に仕事を任せる。いつ誰が組織を抜けても──極端な話、自分が明日死んでも組織が正常どうするようにする。それが幹部の役目だ。なまじっか能力があるばかり、シュティーナはそこのところを履き違えていた。

 全部やらなきゃ。私がやらなきゃ。私がいないと魔王軍は立ち行かない。

 そうではない。

 い意味で代わりはたくさん居るんだから、お前が全部やらなくてもいいんだ。そうやって支え合うのが組織というものだ。そういうことをずっと言いたかった。

 言いたいことがシュティーナに伝わったのかどうかは分からない。今の彼女はただただ、神妙な顔を俺に向けていた。

 随分と長い沈黙のあと、ようやく出てきた第一声は、

「なんで言ってくれなかったんですか? ディアネットに仕事を教えたと」

「お前は心配性が過ぎる」

 ズバリと言う。

「《遠見魔眼ミラージュアイ》で仕事ぶりを見ててわかった。慎重なこと自体は、べつに悪いわけじゃないが──もしお前にこのことを伝えたら、どうせ〝気になるからちょっと様子を見てきます〟とか言ってただろう」

「うっ」

「だいたい、今の魔王軍に居るやつはお前たちが直接面接して、能力を評価して採用したやつだろうが。そいつらを採用した自分を信じて、部下を信じて、仕事を投げろ。下についたやつを信じるのも上司の務めだぞ」

「……ずっと一人旅をしていた人の言葉とは思えませんけど……」

 頰を膨らませてシュティーナが反論した。妙に子供っぽいその顔が面白く、つい笑ってしまいそうになる。

「いいんだよ俺は。人生経験豊富なんだから、たまの一人旅は許される。なにより、こうして結果を出したからな」

「人生経験ってあなた……いや。いえ! そうです!」

 黙り込み、うつむきかけたところで、反撃の一手を思いついたらしいシュティーナがぱあっと顔を上げた。勝ち誇ったように人差し指を突きつけてくる。

「教育した部下に仕事を任せたのは良いとして────彼らが仕事を頑張っている間、あなたがこの部屋で何の仕事もせずダラダラしていたのは事実です。怠惰! たるんでいる! これをどう説明するつもりですか!」

「心外だな。ダラダラと日光浴はしてたが、ちゃんと仕事はしていたぞ」

「へ?」

 ぺらりと紙を突き出す。

 それは──そう、一番最初にシュティーナからもらった、こいつが持っている仕事のリストだ。

 書いてある内容自体は最初と変わらない。そのかわり、五十個の仕事それぞれに番号と注釈が振られており、更にその中の数個は赤マルで囲われている。

「後ろからずっとお前の仕事と胸を見ていてわかった。いくつか非効率的な部分がある──五十個のうち、いくつかの優先順位を再考案してやったから参考にしろ。詳細は横の注釈を読め」

「胸……? いえ、ちょっと見せて下さい」

 ひったくるように俺から紙を受け取り、上から目を通していく。

「ああ、それと」

 俺は羽根ペンでぺしぺしと赤マル部分を叩き、強調した。

「赤い印をつけた七つ。これは今日からやらなくていい。魔力供給と同じように、暇そうな奴らを探してそいつらにやらせるとしよう」

「……出来るのですか?」

「出来るように教育する。それが上司の仕事だ」

「…………」

 黙ってしまった。

 いや、完全に黙りきってはいない──何かうんうんうなりながら、室内をウロウロとはいかいしはじめる。シュティーナはひどく複雑な表情を浮かべていた。

 まあ、何を迷っているのかはだいたい察しがつく。俺はあえて部屋から出ず、のんびりと日光浴を楽しみながら遠くの山々を眺めることにした。

 天気が良いこともあってか、昼下がりのセシャト山脈の見晴らしはなかなかに良い。ここが魔王城ではなかったら一流の観光地としても通用しそうだった。

「おっ。この部屋、少しだけど海が見えるんだな」

「……」

「知ってるか? ベーメル海で採れるサーディン、刻んだオニオンと一緒に食うと絶品なんだぜ」

「……」

「それに比べてさっき食ったパンときたら! 悪いが、正直に申し上げてクソ不味まずかったからな。ここはひとつ、かつて調理ギルドにもスカウトされた俺の腕前を────」

「レオ」

 小粋なトークが遮られた。

 振り向くと、俯いて左右の指をからめ、何かを言わんと必死になっているシュティーナの姿があった。

「はい? なんでしょう、《全能なる魔》、魔将軍シュティーナ様」

「その……ですから……」

「……」

「謝罪します。あなたのことを誤解していました」

 自責の念のこもったため息をつき、シュティーナが頭を下げた。

「おいやめろ。俺はやるべきことをやっただけだ」

「だから余計にです」

 そっけない返事に怒り出すかと思いきや、食い下がる。シュティーナがコツコツと俺の正面にまわりこみ、じっとこちらの目を見つめてきた。

「私は面接時から貴方あなたにつらく当たってきましたが、貴方はそれにもめげずにきちんと仕事をしてくれた。ここで礼を言わねば、四天王として示しがつきません」

「いいんだよ。お前が倒れたら魔王軍は立ち行かない……とは行かないが、確実に潰れかかる。残念ながらそれが真実だ」

 書類が積まれた執務机に目をやる。シュティーナはこの数時間仕事にかかりっきりだったというのに、書類の量は一向に減っていなかった。

「魔王軍が潰れたら、今度こそ俺も行き場がない。それは困る。だからなんとかしただけだ。礼なんざする必要はない」

わいげがないですね、もう! 人がせっかく素直に謝っているというのに!」

「だから一人旅だったんだろ」

 我ながら説得力のある言葉だと思った。他人にあいをふりまく才能があるなら──いや、昔は俺もそれなりにあいきょうを振りまいていた気がするが──人間界を追い出されたりもしないし、一人で魔王を倒したりもしない。

 可愛げがない。素直ではない。性根が捻じ曲がっている。これはもう性分なのだろうな。

「じゃあな。俺は次の仕事にかかる。なんかあったら呼んどくれ」

「はい。改めて、明日からよろしくお願いしますね。レオ」

「は」

 俺の背中にかけられた言葉が予想以上に柔らかく、思わず振り向いてしまった。

 振り向いた先には、微笑を浮かべたシュティーナが立っていた。複雑そうな、しかし確かな感謝と親愛の情をこめた笑みと共に、ぺこりと小さく頭をさげる。なんだ、かわいい顔も出来るんじゃないか。

「……はっ」

「ふふ」

 頭をあげたシュティーナと目が合った。こちらも小さく笑い返し、執務室から退室しようとし──とあることを思い出した。

 そうだ。こいつが素直になった今ならいけるんじゃないか?

「シュティーナ。一つ忘れていた」

「はい? なんですか?」

「『お前を後悔させることは絶対にない』。その後に俺がなんて言ったか、覚えてるか?」

「は?」

 小首をかしげ、シュティーナが記憶の糸を手繰る。

 ちょっとした間があり、魔将軍の頰が紅色に染まった。……こいつ本当に淫魔なのか? 魔術に夢中になったあまり、淫魔としての経験はゼロとか、そういうアレなんじゃなかろうか?

 俺は唇をつきだし、これみよがしに報酬を催促した。

「唇でもいいし、頰でもいいぞ。ああ、なんならベッドの上で、」

「────出ていきなさいッ!」

 気苦労がなくなった証拠だろう。今朝らったものよりもだいぶ威力の強まった《百烈氷槍破アイシクルランス》が、再び室内でさくれつした。


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試し読みは以上です。


続きは好評発売中の

『勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~』

でお楽しみください!

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