第二章 勇者 vs 魔将軍シュティーナ

2.明日の自分が楽になる仕事をしろ

 シュティーナの寝室の隣、執務室。目下、この部屋の空気は最悪に近かった。

「ありえない。ありえないわ」

「おっよかった、窓枠は無事だぞシュティーナ。これならすぐ元通りにできる」

「ありえない……本当にありえない……」

「おい、さっきからうるさいぞ。ブツブツブツブツと」

 執務室のまどぎわ、ホウキを使って割れた窓ガラスを片付けている俺の背後で、部屋の主はかれこれ五分以上文句を言い続けている。

 よくもまあ飽きないものだ。べつに独り言をやめろとは言わないが、こうもしつこいと流石さすがに気が散る。

 仕事において、同僚とのコミュニケーションは重要だ。ちょっとした──本当にちょっとした雑談が同僚との信頼関係のいしずえとなる。

 俺は片付けの手を止め、彼女の悩みを聞いてやることにした。

「なんだ? いったい何が不満なんだ?」

 顔をまっにしながら、魔将軍シュティーナは怒鳴り声をあげた。

「──あなたの全てに決まっているでしょうがーッ!」


    ----


 おさらいをしよう。いまの魔王軍は深刻な人材不足に陥っている。

 これは別段不思議なことじゃない。なにせ獣将軍リリのやつにへいたん──軍の生命線──を任せるくらいだしな。

 面接の時にシュティーナもぼやいていたが、仕事自体は山積みだ。俺との戦いで多くの幹部級魔族が魔界で療養生活を送る羽目になったこともあり、彼らが持っていた仕事がいっせいに残った幹部へ流れ込んでいる。その中にはシュティーナにしか出来ない仕事も多い。

 シュティーナにしか出来ない、というのは少々語弊があるかもしれない。出来ないわけではないのだが、彼女しかやり方を知らない仕事が多いのだ。ほら、あるだろ? 正しい手順を古参メンバーしか知らないくせに手順書マニュアルが無い仕事。ああいうやつだ。

 例えばそう、俺が昔つきあいで入ってやった騎士団もそうだった。騎士団長がひだりきだから彼の剣と盾だけ左右逆に配置しろだとか、経費で赤ポーションを購入する時は百個単位でないと承認できませんだとかな。

 それでいてそういう決まりはどこにも書いておらず、問題が起きてからはじめて「何故なぜ知らないの?」という顔でお説教をしてくるからたまらない。こっちは新入りなんだぞ。最初に言え、最初に。

 話を戻そう。とにかく、シュティーナは忙しい。手順書マニュアルを作っている時間の余裕などどこにも無い。他の四天王も忙しいから自分以外に仕事を任せられる人材は居ないし、そういった人材を育成する時間も取れない。

 しかし、上司──エキドナは、一日でも早い魔王軍の再建を希望している。

 もうどうしようもない。こんなの、自分の睡眠時間を犠牲にするしかない。

 止まれば沈む自転車操業。人手不足を補うべく懸命に奔走した結果、俺の見立て通り、シュティーナは本当に過労死直前まで追い込まれていたのだった。

 どうりで先程の《百烈氷槍破アイシクルランス》、やたらと威力が貧弱だったわけだ。おそらく魔力も通常時の数分の一まで落ち込んでいるのだろう。今のこいつなら、以前使った《封魔十二結界ステイシス》無しでも楽に倒せそうだった。仮にシュティーナが持つ最強呪文を直撃させたとしても、俺の防御呪文を貫通できるかは怪しいものだ。

 とにかくシュティーナに仕事が集中しすぎている。

 昨日の面接時にそれをひと目で見抜いた俺は、こいつの負担を軽減してやるべく、朝イチで部屋を訪れたわけなんだが──

「俺はお前の仕事を手伝いに来たんだぞ? もう少しあいよくしてくれてもいいだろう」

「バカなんですか?」

 即答だった。

 返ってくるのはあきれたような声と、冷たい視線ばかりだ。

「人の部屋に勝手に入るわ、魔王様のはするわ……非常識! あまりに非常識です!」

「あー」

「そんな人間にどう愛想よくしろと言うんですかあ!」

「わかった、わかったよ。機嫌直してくれって」

 魔王軍の大幹部が常識を語るなよ! そう思ったが、口に出すのはやめておいた。これ以上シュティーナを刺激すれば、それこそ本気の殺し合いに発展しかねない。俺は話題をそらすべく、彼女の机の上に載っていた一枚の紙をサッと拾い上げた。

「それよりだ。これがお前が抱えてる仕事のリストか?」

「……ええ。上に行くほど優先度が高いものです」

 唇をとがらせたままシュティーナがうなずいた。上から順にサッと目を通す。

 応募者の書類選考。魔術兵団の再編成。魔王様のお世話をする魔力人形ホムンクルス達の定期メンテナンス。城内経費削減──エトセトラエトセトラ。紙切れの上にはあらゆるタスク名がずらりと列記されていた。その数、ちょうど五十個。

 キリがいと言えばキリが良い数ではあるのだが、こうしてリスト化されると正直ちょっとヒいてしまう。これ全部一人でやってるのか……おかしいだろ……。

「投げろよ。他のやつに」

「だから昨日言ったでしょう。居ないんですっ、任せられる部下も同僚も!」

「わかったわかった。ごめんごめん」

 再度ヒートアップしかけたシュティーナをなだめながら、俺は赤いインクのついた羽根ペンを手に取った。そしてリストのいちばん下──もっとも優先度が低い仕事にマルをつける。

 50個の仕事の中で一番優先度が低いもの。

 つまり、城内に点在する魔力炉への魔力供給。

 魔力炉というのはその名の通り、魔力をめ込んでおくための装置だ。紅玉ルビー藍玉アクアマリン翠玉エメラルドなど、よく磨かれた宝石は魔術の触媒として最適で、魔力をプールしておくこともできる。そういった触媒を中心に作られた装置が、魔力炉だ。

 魔力炉というのは便利なもので、炉に回路パスをつなげることで様々な魔道具マジックアイテムどうさせたり、門番のゴーレムを動かしたり、あるいは自分の魔力が底をついた時の補給所として使ったりできる。メンテナンスも意外と簡単で、炉に触れた状態で魔力を注ぎ込んでやればそれでいい。中身が満タンになれば補充完了だ。

 城内の施設のいくつかはこの魔力炉を使って動いているのだろう。炉の魔力は使えば当然無くなるので、定期的に補充をしてやらねばならないというわけだ。

 そんな仕事、それこそ適当な魔術師に任せればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうもいかない。魔力炉というのは原則として、それを作った魔術師本人のみが魔力を供給できるものだからだ。

 同じ人間でもひとりひとり声が違うように、同じ魔術師でもひとりひとり魔力の波長が違う。その波長に合わせて少しずつ調整を繰り返していき、最後にやっと完成するのが魔力炉なのだ。メンテナンス──魔力を注ぎ込むのもまた、同じ波長の者。製作者にしか務まらない。

 無理やり補充することもできなくはないのだが、それをやると炉の寿命を大きく縮めることになる。最悪の場合は魔力が暴走して炉心がぶっ壊れ、使用不能になることすらあるのだ。そうなれば貴重な触媒を使って一から炉の作り直しだ。

 触媒に使えるほどの宝石というのは割と希少で、手配するだけでも結構なコストがかかる。ただでさえ資材や人手に困窮している魔王軍としては、炉の破損は絶対に避けたいところだろう。

「ひーふーみー……なるほどな。お前が作った炉は四つか」

「ええ。城全体では百基以上の炉がありますから、割合としては微々たるものですね。数日に一度、魔力を補給してあげるだけで済みます」

 言うほど簡単ではないのか、シュティーナがやや苦い顔をして言った。

 それはそうだろう。ハードワークの合間に時間を見つけ、わざわざ炉まで出向き、貴重な触媒を壊さないように魔力を注ぐ──簡単な仕事だからこそミスは許されず、数日に一度は必ずそれをやらないといけない。面倒に決まっている。

 そこで、俺だ!

 そんじょそこらの三流魔術師ならともかく、勇者レオ様の手にかかれば『シュティーナの魔力波長を真似る』程度は朝飯前だ。むろん、彼女が作った炉に魔力供給するのも容易たやすい。

 魔術にけていて良かった、と俺は内心ほくそ笑んだ。この調子でどんどんシュティーナの負担を軽くしていけば、こいつも俺のことを見直してくれるに違いない……!

 四天王からの推薦。そして正式採用。色の未来が待っている!

「なんですかニヤニヤして」

「なんでもない。それより、炉への魔力供給。これは今日から俺にやらせろ。やらせてくれ」

「ああ、それですか。助かります。地味に大変でしたから」

 さして驚くわけでもなく、シュティーナがほうと息を吐いた。

「なんだよ。アナタに出来るんですかー、どうやるんですかー、って聞かないのか」

「私の波長を真似るのでしょう。魔術師にとってはそれくらい常識ですよ。私を馬鹿にしているのですか!」

「し、してないしてない!」

 突きつけられたシュティーナの指をやんわりと押さえ、首を横に振る。

 魔力波長を真似て他人の炉に魔力を供給する──魔術師の世界でも知らないやつが多い、ちょっとマニアックな裏技なのだが、さすがに『魔将軍』の名を冠する大魔術師。そんな裏技もちゃんと知っていたらしい。ちぇっ。波長を真似るコツを教えて恩を売ろうと思ってたんだがな。

 それにしても〝常識〟扱いと来たか。こいつの弱点が少し見えた気がする。

「とにかく、魔力供給は俺に任せろ。三十分と二時間。三十分と二時間で終わらせてやる」

「三十分〝と〟ってなんですか。二時間半と言えばいいでしょう」

 というか、と声色が失望に満ちたものに変わった。

「そんなにかかるんですか? 私がやったら一時間もせずに終わるのですけど」

「あのなあ」

 これだから目先のことしか見えてないやつは困る! 自分の仕事が減るのだから、ここは素直に喜んでおけばいいものを。仕方がないのでよくよく言い聞かせてやった。

「そう言うなよシュティーナ。いいか、勇者の名に懸けて保証してやる」

「何をですか」

「俺が、お前を後悔させることは絶対にない。絶対にだ。二時間と三十分後のお前は──〝やった、明日から仕事が楽になるわ! レオ様ステキ! サイコー! 愛してる!〟と狂喜乱舞し、俺にキスしていることだろう」

「はあ」

 俺の言うことを信じてくれたのか、単にそれ以上追及するのがバカバカしくなったのか。シュティーナのリアクションは極めて薄味だった。

 そうですか、じゃあお願いしますね、と言ったきりだ。すでに俺から視線を外し、机に向かって別の仕事に取り掛かっている。

「んじゃ、ちょっと行ってくる」

 パチンと指を鳴らし、《転身メタモルフォーゼ》の呪文で自分の姿を変化させる。頭からつま先までを包み込む漆黒のフルプレートアーマー。血のように赤いマントと、同じ色の剣。かぶとの前面はまるでどくのような意匠が施されており、がんにあたる部分は不気味な薄紫色の光を放っている。

 どこからどう見ても、闇に堕して魔王軍入りした、どこぞのスゴ腕騎士様の姿だ。《正体隠蔽ゴーストフェイス》で魔術・直感方面へのカモフラージュもするから、まさか中身が勇者だとは誰も思うまい。

『名前も変えなきゃな。なあ、〝ゴッドハートきょう〟とかどう思う?』

「どうでもいいから早く行きなさい!」

『……ちぇっ。わかったよ』

 羽根ペンと紙をひっつかみ、俺はシュティーナの部屋を後にした。

 そして──予想通り、俺の仕事自体は三十分で終わった。


    ----


『──────うむ。戻ったぞ』

「なんですかその口調は」

 きっかり三十分後。

 シュティーナの部屋に戻った俺は《転身メタモルフォーゼ》を解いて適当な椅子によりかかった。魔力で編んだ見せかけのよろいとはいえ、全身鎧は全身鎧だ。これまで分厚い兜に包まれていた顔は知らぬうちにっていて、ひんやりとした外気が心地よかった。

「いや、正体を隠すなら口調も変えたほうがいいかなーってさ。面白かったぞ。廊下で出会う下級魔族やら妖魔達がみんな敬礼してくるの」

 敬礼してくる連中の中には、旅の最中にどこぞの町でボコボコにしてやったダークエルフの妖術師やら、町を襲って住人すべてを自分のけんぞくに変えようとして俺に返り討ちにあったヴァンパイアロードやら、難攻不落のとりでに引きこもっていたのでその砦ごと崖下に落としてやったゴブリン盗賊団の生き残りやらも居たが、敬礼している相手が元勇者のレオ・デモンハートだとは誰も気づいていない様子だった。

「〝四天王の補佐をすることになった、クールかつスゴ腕の黒騎士〟──そんな感じで話を通してくれるんだろ? 配下の連中には」

「あなたが今日でクビにならなければ、の話ですけどね」

 またキツいことを言う。

 とはいえ、何らかの形で正体は隠さないと満足に城の廊下も歩けないのだから、シュティーナが俺の提案を承諾してくれたのは良かった。

 魔王エキドナと同格の──というか、実際にエキドナを倒した俺が四天王の補佐という立場に甘んじるのは少々納得いかないところもあるのだが、なにぶん今の俺の立場は崖っぷちだ。今は謙虚に身を潜め、正式採用に相応ふさわしい実績を積み重ねていかなくてはならない。

 シュティーナは俺がきっかり三十分で戻ってきたことに満足したのか、心持ち穏やかな表情でウェーブのかかった金髪をいじり、俺に渡す次の仕事をピックアップしていた。

「じゃあ、さっそく次の仕事をお願いしましょうか。ええと……」

「いや、いい。ちょっと疲れた」

「え?」

 はやくも他の仕事を振ろうとするシュティーナを制止する。

 俺は指をパチンと鳴らし、魔術で生み出した黒い物質──極小の《魔眼》を彼女の頭上に浮かべた。魔眼は空中でピタリと静止し、シュティーナと執務机の両方を上からじっと見下ろす。

「──《遠見魔眼ミラージュアイ》?」

「ああ。休憩がてら、お前さんの仕事を見学したいんだ。いいだろ? ちょっとくらい」

遠見魔眼ミラージュアイ》は遠見の魔術だ。魔眼が目にしたものが、そのまま術者にも視覚情報として送られてくる。

 習得難度が低い割に応用がく呪文だから、今の世の中ではいろいろな場面で役に立っている。偵察、ちょうほうろうに入れた犯罪者の監視に商店の盗難防止。果ては留守番中の子供を親が見守ったりと便利なものだ。

 ──まあ、元々はどこかのエロ魔道士が女の着替えをコッソリのぞきたいと考えたのがきっかけらしいのだがな。

 戦争と性欲は文明を大きく発展させる。それは分かるが、それにしてももう少しマシな理由で術を開発しようとは思わなかったんだろうか。

 俺はまどぎわに寄りかかり、心地よい日光を浴びながら彼女の仕事っぷりを見学することにした。

「邪魔するつもりはない。ここで黙って座ってるから、安心して仕事してくれ」

「……いいでしょう。休憩が終わったら次の仕事を振りますからね」


    ---


 ──三十分後。そろそろいいだろう、というようにシュティーナが切り出してきた。

「レオ、いいですか? そろそろ次の仕事を……」

「待て。《転身メタモルフォーゼ》を久々に使ったら疲れた。もう少し休憩したい」

「……」

 支給されたパンをかじりながらモソモソと応える。このパン、あまり美味おいしくないな。時間が出来たら食堂改革もした方がいかもしれない。


    ----


「一時間ちましたよ。もう十分に休んだでしょう」

「いや。もうちょいだ。もうちょい見学させてくれ」

「このっ、怠け者! いいから立ちなさ……重いっ!」

「はははは。《重力根絡グラビティルート》には敵の動きを止める以外にこういう使い方もあるんだ。勉強になるだろ」

「立ちなさいっ!」


    ---


 そして、二時間後。

「……」

「うーん。どっちかな」

「……」

「〝ゴッドハート卿〟か。それとも〝ブラッドソード卿〟か」

「……」

「いや、方向性を変えて〝黒騎士オニキス〟も悪くないか。なあシュティーナ、どう思う?」

 返答はなかった。

 シュティーナが執務の手を止め、ゆらりと立ち上がった。愛用のじょうクラウストルムをその手に喚び出すと、何を思ったのか魔力を全力でチャージしだした。彼女が着込んでいる丈の長いローブが音を立ててはためき、ひるがえる。

「分かりました、勇者レオ」

「おう」

「やはり貴方あなたはダラダラダラダラサボってばかりの、最低最悪の穀潰しです」

「ちょっと待て」

 怒りに燃える瞳が俺に向けられる。どうもまずいことに、魔将軍は本気で俺を追い出す気になってしまったようだった。

 まあ無理もない。三十分ほど外に出て仕事をしてからというもの、俺はずっと《遠見魔眼ミラージュアイ》でシュティーナの仕事ぶり……と、胸の谷間……をのんびり見物していただけだ。

 いや実際は違うのだが、少なくともこいつからはそうとしか見えなかっただろう。慌てて立ち上がり、シュティーナをなだめにかかる。

「待て。落ち着け。冷静になれ」

「私は冷静です。冷静に冷静に冷静に考えた結果、あなたはまったくもって、これっぽっちも魔王軍の役に立たないという結論に至りました」

 シュティーナがつえを一振りし、魔力を解放した。魔力圧だけで書類が宙を舞い、窓枠がガタガタと音を立ててきしんだ。暖炉の火が消え、灰が舞い散る。

「なぁにが〝お前を後悔させることは絶対にない〟ですか。後悔だらけです! 私の胸の中では、今! 後悔という大波が荒れ狂っています!」

大航海大後悔というわけか」

「やかましい! 《ディオー・ニール・ゾッド、極光のせん・貫くもの、神鳴る一撃・我が手に満ちよ!》」

 杖と左手が螺旋を描き、中空に魔法陣を刻んだ。杖の先端を取り巻くように光が収束し、詠唱に混ざってバチバチという嫌なスパーク音が聞こえてくる──これはマズい!

 何がマズいって──この詠唱! こいつ、室内で雷電系の最大呪文を放つつもりだ!

 そんなことをすれば室内の書類は全てパーだ。自分の仕事成果を無に帰してでも俺を始末するつもりなのだろう。完全に頭に血がのぼってやがる!

「やめろバカ! いいから聞け、話せばわかる!」

「──《あらわれよ滅びの光刃、ぜ、べ、我が敵を穿うがて!》」

「バカ野郎!」

「《極光ゲイ────!」


 ──コン、コン。


「……」

「……」

 俺に向けて《極光雷神槍ゲイアサイル》が放たれる、まさにその直前。控えめなノックの音が執務室に響いた。

 俺は両手をあげ、敵意がないことをアピールしつつ、ゆっくりと言った。

「客……客だぞ。ほら。入れてやらなくていいのか?」

「……」

「大事な用かもしれないぞ」

「……はぁ」

 シュティーナがため息をつき、足元に開いた小魔法陣の中に魔杖を放り投げた。とたんに荒れ狂う稲妻のへんりんが消滅し、執務室に平穏が戻ってくる。

 俺は額の汗を拭い、《転身メタモルフォーゼ》を使って黒騎士オニキスきょうの姿になる。

 シュティーナもせきばらいを一つし、魔将軍の威厳を取り戻してから来訪者を出迎える。

「どうぞ。入りなさい」

「──はい、失礼します」

 俺とシュティーナが見守る中、執務室の扉がゆっくりと開いた。おずおずと姿を現したのは予想通りのやつだった。

 真面目そうなダークエルフの女。すなわち、先ほど俺が仕事を教えてやったやつだ。

「あの────シュティーナ様の魔力炉四基、魔力供給終わりました」

「は?」

 よかった。

 俺のもく。つまり、シュティーナ以外の誰でも魔力供給の仕事をできるようにするのは、どうやら成功したようだった。

 あっけにとられたシュティーナが口を滑らせる前に、俺が先回りして応対する。

『──ご苦労であった。その様子だと、特に問題はなかったようだな』

「は、はい。万事問題なく」

 地の底から響くような低く威厳に満ちた声でねぎらってやると、恐縮したダークエルフがただでさえ伸び切っていた背筋を更にぴしりと伸ばした。シュティーナはまだ事態を把握できていないのか、なんとも言えない顔でこちらを見ている。

 さあ、ここからは答え合わせの時間だ。シュティーナの驚く顔を想像し、俺は漆黒の全身鎧の中でほくそ笑んだ。

 今はまだ仮採用だが、俺は絶対に魔王軍に入る。

 いや、必ず入ってみせる。そうしなければいけない理由がある。

 そのためにはとにかく実績を上げ、四天王全員からの推薦をもらうしかない。

『──では、炉への魔力供給業務。その詳細を報告せよ』

 これは──そのための、第一歩だ!

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