二 エンゲージ(6)

 ポカンと口を開けている間も、ゆうの頭は回転を続けていた。「なぜ?」という疑問符が脳に湧いていた。「なぜ、彼女は自分と会いたがっていたのか」。いや、そもそもそれ以前に、「なぜ、彼女は自分の事を既に知っていたのか」。

「あの……座っても、よろしいでしょうか?」

 少女の声に、急に現実に引き戻される。

「ご、ごめん気づかなくて。どうぞ……いや、僕が言うのも変か? いやとにかく、どうぞ」

 あまみやとせは「ありがとうございます」と言って頭を下げ、ゆうの隣に腰掛けた。

 そして腰を浮かせ、少し距離をとったところに腰を降ろし、再び腰を持ち上げ、今度は少しこちらに寄ったところに腰を降ろした。

「え、と?」

 不思議そうに見つめるゆうを見て、あまみやとせの頰が赤く染まる。肌が雪のように白いせいで、紅潮するとはっきりそれと分かる。

「す、すみません。私、ずっと女子校だったので、パパ以外の男性と二人なんて初めてで……。え、と。こういう時、どのくらいの距離で座ればいのかな、って」

 そう言われてみればゆうの方も、年頃の女の子と二人きりなんて初めての経験だった。急にてのひらに汗がにじんだ。

「いや、まあ、このくらい……かな?」

 慌てて五十センチほどの距離を指定すると、あまみやとせがその指示通りにちょこんと腰掛ける。

 思っていたより結構近かった。自分の体臭が急に気になってしまう……。

 一方の少女はというと、緊張しているのか、先ほどまでとはうって変わって、借りてきた猫のように静かになった。気まずい静寂に背中を押され続けて、ゆうはついに口を開いた。

「あの……、『会ってみたかった』って……」

 言った途端、恥ずかしさのあまり頰が熱くなる。自分から言い出すべき話題ではなかった。

「はい。あの、でも……」

 あまみやとせの視線がゆうの頰に移った。

「まずはちゃんと、謝らせてください。先ほどは、本当に……すみませんでした」

「あ、ああ。いや、本当に気にしないで。僕もあの時は失礼なこと言って。隊は違くても、上官に逆らうなんて、どう考えても僕が悪いし……」

「あのっ!」

 突然、大きな声を出されてびっくりする。

 とせは胸の前で両の拳をぎゅっと握り、ゆうのことを真っすぐに見つめていた。

「私、本当はさっき、すごく感動していたんです! 仲間を見捨てる命令を出して、頭が割れそうなくらい悔しくて、悲しくて、苦しくて、息をする事も出来なくて……」

 その瞬間を思い出したのか、とせの目尻に涙が浮かんだ。

「絶対に、もう駄目だって思いました。これまでも、何回も同じ光景を見てきたから……。でもっ、そしたらゆう君が突然、何のちゆうちよもなく戻って、仲間を助けてくれて! それに、パンターまで……」

 頰を紅潮させ、生き生きと話していたとせだが、突然、その顔が再び曇った。

すごく……かっこ良かった。すごく感動して、本当は、ありがとうって言いたかった。でも私、それは……出来ないんです」

「出来ない?」

 とせの青い瞳がゆうを見て、小さくコクリとうなずいた。

「私、ここでは皆にリーダーとしてあつかってもらっていて。だからちゃんと、怒っているように見せなきゃいけなかったんです。リーダーが命令違反に寛容になったら、チームがバラバラになっちゃうから。私、それで一度……多くの仲間を、失ってしまったから……」

「演技」。唐突に、その意味を理解できた気がした。

 あまみやとせという存在は、本来、今目の前にいる、引っ込み思案で、むしろ大人しい性格の少女なのだろう。しかしチームを……いや、仲間達を守ために、その姿を封じ込め、無理矢理に厳しいリーダー像を演じているのだ。

 どれほど……つらい役割だっただろう。大切に思っている仲間を時に切り捨てる決断をし、悲しみや苦しみを隠し続け、たった一人で、全ての責任を背負ってきたのだ。

 それが分かった瞬間、ゆうは胸の中に、今まで感じたことの無い強い熱を感じた。それと同時に、頰が紅潮したのが分かった。「かっこ良い」。そんな風に思ってくれていたなんて、考えてもいなかった。気恥ずかしくて、顔を伏せながら口を開いた。

「いや、僕の方こそ……そんな、チーム全体の事を考えてくれていたのに失礼なこと言って、その上、逆ギレまでして……、本当にごめん」

 そっと上を向くと、とせは目に涙をめながら、しかしうれしそうにほほんだ。

「じゃあ、二人ともごめんなさいで、仲直り、してくれますか?」

 ゆうの前に右手を出し、小指をそっと立てて見せた。

 少し子供っぽい「癖」なのかもしれない。とせは自身の指を見た途端はっとして、恥ずかしそうに肩をすくめ、手を引っ込めようとした。

 ゆうは反射的に、とせの小指をとって自分の小指にからませた。

 折れそうなほど細い指。確かな熱をもって二本の指がからまり合う。

 とせはもう逃げようとはしない。代わりにその鼻から耳まで真っ赤に染めて、下を向いてもじもじした。

「じゃ、じゃあ、これで、仲直り、かな……」

「は、はい。これで、仲直り、です……」

 静かに指を離すと、肌に触れた空気が冷たく感じた。

 ──少しの間。

 とせいまだ赤いままの顔を上げ、ゆうほほんだ。

ゆう君、本当に、たいの言っていた通りの人でした」

「えっ?」

 再び不意に理解した。「なぜ、彼女は自分の事を知っていたのか」。普通に考えればそれだ。たいという(おしゃべりな)情報源がいたからだ。いつの間にか行われていたらしい欠席裁判。どんな事を言われていたのか気になって、思わず前のめりになってしまう。

 とせは慌てて両手を振った。

「あっ、ち、違います。大丈夫です。い内容です。二人ともいつも言っていたんです。『ゆうがいてくれたら』って。困難にぶつかると、『ゆうがいてくれたら何とかなるのに』って」

「それは、大げさだよ……」

 苦笑いを浮かべるゆうに、とせがぶんぶんと首を横に振る。

「私、気になって、ある時聞いたんです。そのゆう君という人はどんな人なんだって。すごく優秀な人なんだろうなって。そしたら、二人とも笑って言いました。『ゆうより、総合ランクが低い人は見たことない』って」

 あいつら余計なことを……、と思うけれど事実なので仕方がない。実際ゆうの総合評価は、恐らく底辺の、そのまた底辺に近い所にあるに違いない。あまりに低いので途中からどうでもよくなり、正確な順位は、ゆう自身も知らないほどだった。

「でも二人とも言ったんです。ゆうは絶対に仲間のことを見捨てないって。成績が悪すぎるのは、いつも仲間を助ける方ばかりを選択して、教官と衝突して、あっという間に点数が下がったせいだって。ゆうは本当は一番信頼されている、自分たちの『リーダー』なんだって」

 ゆうは驚いていた。まさかそんな評価をされていたなんて知らなかった。

「それで、私ずっと、その『ゆう君』に会って、話を聞いてみたいなって思ってたんです。……それなのに、いきなりあんな事して……。最初から嫌われちゃったら、どうしようって」

「え、と……?」

 戸惑うゆうの見る前で、自分の発言に驚いたのか、とせが目を真ん丸に広げ、その頰を急速に赤く染めていく。慌てて下を向き、ほんの一瞬、その髪をかすように触った。

「ご、ごめんなさい変なこと言って……。でも私、すごく憧れていたんです。仲間のために全力で戦って、仲間から厚い信頼を置かれるリーダーに……。私はむしろ、逆だったから……」

 間接的に「憧れている」と言われているような気がして、ゆうの頰が熱くなった。

 でも、目の前で悲しそうな顔をしているとせを見て、その熱は一瞬のうちに冷めた。

「逆」だととせは言う。

 チームのために全力を尽くすとせ。しかしリーダーとして「個」より「隊」を優先しなければならない彼女の事を、非情だとして、良く思わないメンバーも当然いるのだろう。実際自分も、こうして話す事が無ければそう考えていたかもしれないと思う。

 話題を変えようとしたゆうのことを、ふいにとせが真剣な、切実な瞳で見つめた。

ゆう君、あの、一つ教えてもらっても良いですか?」

 ゆうは思わずうなずく。

「その……ゆう君は、怖くないんですか?」

「怖い?」

「はい。普通、どんなに仲間のことを助けたいと思っても、やっぱり怖くて、もっとちゆうちよしてしまうものだと思うんです。でも、ゆう君の姿からは、そういうものをあまり感じなくて。……ゆう君は、何で、そんな風に出来るんですか?」

 てのひらの古傷がズキリと痛んだ。

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