二 エンゲージ(4)

 ゆうが連れていかれたのは、大規模な集合住宅の二階にある小さな集会スペースで、そこには多くの兵士の姿があった。建物はところどころ壊れてはいるものの、全体的にはれいで、周囲に生活者の姿が見当たらないのが逆に不思議なくらいに感じる。

 衛生兵であるのチェックが終わると同時、フロストバイターはどこかに歩いていってしまったが、他の分隊メンバーはゆうと一緒に会議室に入った。ようやく一安心というところなのか、兵士達から握手やハグを求められ、続いていろいろな質問が飛んできた。

「ちょちょちょ、はいストーップ」

 たいが割り込んできて質問を止めさせる。

 ゆうのことを親指で指す。

「とりあえず俺が現状説明するから、お前らの用事はその後、な?」

 そう言ってゆうを奥のテーブルに座らせた。テーブルのすぐそばには大きな窓があって、そこから霧の中に浮かぶレインボーブリッジの姿が見える。正面にたい、その隣にが座った。

 はさっきからずっと涙目で、まるで戦地から帰還した兵隊の母親のようだった。

「良く生きてたな」とたい

「お前こそ」とゆう

 お互い拳をごっつんとぶつけ合う。

「こっちはシルフィのおかげで何とか生き延びてる。やっぱアイツは本当にすごいわ」

「シルフィ?」

「シルバーフォックスのことだよ」

 フロストバイターとは、彼女のその壮絶なまでの戦闘能力の高さを畏敬するための二つ名。それに対し、シルバーフォックスとは、彼女のその凄絶なまでの美しさをたたえるための二つ名。

「『シルバーフォックス』だと長いから、いつの間にか短縮されてそうなってる。まあ今度、ちゃんと見てみろよ。妖精の名に違わず、すげー美人で、マジで可愛かわいいぜ。あいだっ?」

 が彼氏のこめかみにひじてつを見舞った。

「もう、たい君っ。普通、彼女の前でそんな事言うかな……」

「いや、悪い悪い。でも何つーか、客観的にというか、実際に美人なんだから仕方ないだろ?」

「もーっ!」

 なつかしい夫婦漫才を見ていたい気持ちも無くはないのだが、それ以上に早く知っていることを教えて欲しい。

 ゆうが口を開こうとすると、たいの攻撃をガードしながら、「分かってる」、と胸の前に右手をかざした。もう説明する時の癖になっているのか、その手の人差し指を立てた。

「まずお前が一番気になっているだろうことだが……」

 ゆうの喉がゴクリと鳴る。

「ここがどこなのか? それは……分からん」

 ゆうの肩に疲れがどっかりかった。ただ、やっぱりそうなのか、という納得の気持ちもあった。クライン・ボトルによって生成される仮想空間は、正直なところ現実世界と全く区別がつかない。一度ログインしてしまったなら、「ログアウトした」という体験さえも、実は仮想現実である可能性を否定出来なくなってしまうほどに……。

 そしてそれはまた同時に、「ログインした」という体験についても言える。

 実は自分達の生きていた世界が、いつの間にかログインしていた仮想現実の方で、今のこちらが現実世界だという可能性も、否定することが出来なくなる。

 ゆうはクライン・ボトルという存在に改めて恐怖した。

 大量の質問が頭の中に湧き出てくるが、ゆうは一度ギュッと目をつむり、細く長く、息を吐いてから口を開いた。

「なあたい

 問われたたいうなずいて先を促した。

「中隊長の誰かを、尋問してみたか?」

 とう大尉の最後の姿を思い出す。

「本物の戦争」。

 彼は確かにそう言って、自分達に謝り続け、そして死んだ。

 間違いない……。彼は、何か自分達の知らないことを知っていたのだ。とう大尉に話を聞く事はもう出来ないけれど、彼と同じ立場にいる他のからであれば、何らかの情報を引き出せるのではないかと思っていた。

 たいが首を横に振る。

「中隊長は、恐らく全員死んだ」

 想像していなかった言葉に、ゆうの喉がぐっと詰まった。

とう大尉のように殺害されたケースに加えて、自殺した人間も結構いたらしい。そろいもそろってとうと同じようなことを言った後に、『許してくれ』とか言って死んでいったそうだ」

 たいが吐き捨てるように言った。

 やはり中隊長たちは……現状を説明出来る何か不都合な事実を知っていたに違いない。

 しかしこれで重要な手がかりを失ってしまった。このプログラム本体には、中隊長以外の大人は参加していない。つまり、中隊長全滅というのは、すなわち大人の全滅を意味している。

 ゆうは一度唾を飲み込んだ。

 ……聞きたくはなかったが、聞かないわけにもいかない。

「……遺体が、残ってるな。それも恐らく、全員分……」

 たいが重々しくうなずき、その隣でが唇をギュッとんだ。

 クライン・ボトルによって形成されるVR空間の中に、遺体というものは通常存在しない。ログアウト障害が発生している場合を除いて、ではあるが……

 話を止めようか一瞬迷い、しかしゆうは結局口を開いた。

「大災害とかが起こって、全員同時に障害が起こったとか?」

「いや、それは考えにくいんだ」

 たいが首を横に振る。

「ここに集まっている連中はうちの学校の生徒だけじゃない。それこそ日本全国から集まってきてる。当然ログインしている場所も、全国バラバラだ」

 となればやはり……。今まで見てきたのは、本当の、現実の遺体……。

 の肩が小さく震え始め、その目にうつすらと涙が浮かんだ。

 たいが腕を伸ばしてその肩を抱き寄せ、ふわふわのくせ毛に頰ずりした。鼻から大きく息を吐きだして苦笑いを浮かべると、を元気づけるためなのだろう、わざとらしい位に肩をすくめた。

「ま。もちろんVRって可能性が消えた訳じゃない。ただ、最悪のケースも考えた安全第一で、『死なないに越した事はないですよね』って事だな。でもゆう、とにかくお前が生きていてくれて良かったよ。これからは、一緒に頑張って行こうぜ」

「もちろんだよ」

 差し出されたたいの手の甲に、ゆうは自分のてのひらを重ねた。そこにも手を重ねる。

 一回、二回、三回と上下に振ってから、三人で拳を突き合せた。

 もようやく、泣き顔の中に小さな笑顔を浮かべてくれた。

 やる気が腹にまってきて、再び疑問が湧いてくる。

「なあたい。あの、変な生物たちは何なんだ?」

「ああ、ファイントか」

「ふぁいんと?」

 たいうなずく。

「あいつらを総称してそう呼んでる。ドイツ語で『敵』っていう意味らしい。いくつか種類がいるんだけど、とにかく共通して人間を見ると襲い掛かってくる。そしてあいつら……」

 たいが言葉をきって唇をんだ。

「俺達のことを、いやがる」

 胃を潰されたかのような吐き気を感じた。ダチョウと、そしてゾウに襲われ、われていた仲間の姿を思い出した。

 重くなった空気を払うように、たいが再び大げさに肩をすくめた。さもやってられないという感じで、眉尻を下げたまま一度笑った。

「まあそれで、それぞれの種類に名前がふってあるんだ。本当は戦うはずだったドイツ軍関係の名前なんだけどな。

 あのダチョウみたいなやつは『歩兵』という意味で『インファントリー』。サイズも小さいし、小銃で対応できるけど、何せ数が多い。最初の一日目は、結構あれに仲間が殺された。あのゾウみたいなやつは中戦車の名前からとって『パンター』って呼ばれてる。まあ見た目は『ひよう』っていうより『ゾウ』だけどな」

 ……ん?

 気になる単語が頭に引っ掛かり、ゆうは一度窓の外を見る。相変わらずの曇り空。

「ちょ、ちょっと待って。今、『最初の一日目』って言ったよね? 今何日なの? そこまで時間ってるように見えないけど……」

 その言葉にたいが目を丸くした。

「何言ってんだお前。今日、六月九日だぞ? 別れてからもう三日ってんだ。そりゃ、誰だって死んだと思うだろ」

 九日……?

 三日も……浜で寝ていたというのか。そんなこと、あり得るのか?

 ぼうぜんとするゆうの前で、たいが「お前どうやって生きてたんだ?」と聞いてくる。

 寝ていたんだ、という事実は冗談にしか聞こえないが、それ以外説明のしようがない。

 ゆうが口を開こうとした時。

ふるはしゆう! ふるはしゆうはいないか!」

 出入り口から、完全装備の一人の兵士が入ってきた。

 ヘルメットにゴーグルをしていても一目で分かる。

 フロストバイターだった。たいがその姿を見てため息をく。

「シルフィ、また一人でしようかいしてたのかよ……。過労死しちゃうぞ」

 何だか分からないが、自分の名前を呼ばれて無視する訳にもいかない。ゆうが「はい」と言って手を挙げ立ち上がった。

 それほど背の高くない少女がずんずん大股で近寄ってくる。

 衝突しそうなほど直前まで来て、ゴーグルを鉄帽の上にあげた。


 ──青空が見えた。


 真夏の空の、白くかすんだ青とも違う。真冬の空の、凍り付くような薄い青とも違う。

 彼女の瞳は、どこまでも深く、濃い青色をしていた。

 まるでこの世界が生まれた日の、あらゆる希望と、そしてどこか寂しさとをはらんだ空。まだ何にも汚されず、そしてまたけがされてもいない、純粋でで……しかしそれ故、もろくてはかない、透き通るような深い青。

 魂までもが吸い込まれそうになった。

 れいだと、心の一番深い所がつぶやいた。

 その青い瞳が、ぎゅっと急角度でがった。

 途端、

 パン。

 というしゆりゆうだんの破裂音のような乾いた音。同時にゆうの視線があらぬ方を向いた。

 左の頰にジーンとしたしびれがやってきて、初めてぶたれたのだと気づく。

 驚いてフロストバイターに視線を戻すと、自分のことを、まるで親のかたきでも見るような目でにらみつけている。

命令を無視した?」

 声もまた、透き通るように美しい。

 しかし今はそれが、何でも切り裂く刃物のように、ゆうの首に突き付けられている。

「命令を……無視?」

 何のことか分からずそのままぼうぜんと繰り返す。

「そうだ。パンターから逃げろと言ったはずだ。誰も突撃しろなんて言っていない」

 理解すると同時、殴られた痛みが徐々に意味を持ち始める。腹の奥からグツグツと怒りが湧き上がってきた。

「仲間を助けるのは当然の行為です。お言葉ですが、自分が行って、仲間が一人助かりました」

「それは結果論だ。パンターは一体でもごわく、しかも群れで行動する。後から出て来た二体を見なかったのか? これまでも仲間を助けようとして、ぎわを誤った仲間が大勢死んだ」

 いらちそのままに、ゆうはフロストバイターをにらみつける。

 しかし少女も全く目をらさない。

「私の命令が聞けないなら、私の隊には置いておけない。一人で生きていくんだな」

 ゆうが感情に任せて黒い愉悦とともに笑みを作った。

「自分は一度もあなたの指揮下に入ったつもりはありません。自分の所属はE中隊です。『A中隊の第一小隊長』殿」

「おい、やめろゆう!」

 たいが慌てて二人の間に割って入る。

「シルフィ、ちょっとだけ時間をくれよ。こいつ、来たばっかりで混乱してるんだ。すごく頼りになるいやつだ。俺が保証するから。な? 頼むよ」

 フロストバイターはなおもゆうのことをにらみ付けていたが、やがて一度目をつむった。

「分かった。ただしふるはしゆう、三〇分後に私の部屋に来い。ここの隊員として生きていけるよう、骨の髄まで調教してやる」

 そう言って、悪魔のような笑みを顔に浮かべて見せた。美人のマジギレの顔がここまで恐ろしいものだとは知らなかった。嵐のように突然やって来たフロストバイターは、また嵐のようにあっという間に去っていった。

 彼女が部屋から出て行った途端、そこここでヒソヒソ話が沸き起こる。沸き起こり過ぎていて、もはやけんそうになっている。

「おい聞いた今の? 新入りがシルフィの部屋に呼ばれたぞ!」

「知ってるか? 隊長の『調教』を受けたヤツは、一夜にして陰毛が真っ白になるらしい」

「ちょっと! 止めなさいよね変態!」

「いや、俺の聞いた話だと、一夜にして陰毛が一本も残らず抜け落ちるとか……」

「どんだけ陰毛に影響あるんだよ……」

「いや、でも男? 一人で?」

「ハアハア。やべえ、俺シルフィにならむしろ……ちょ、調教されてえへえっ!」

 好き勝手にささやかれている言葉を聞きながら、しかしゆうの意識は全く別の所にあった。

 こちらの頰をたたいた時のフロストバイター。

 目の前にいた自分以外には気付きようがなかったろうけれど。あの時の一瞬、まるで彼女自身がたたかれたかのようにつらそうな顔を見せたのは、やはり気のせいだったのだろうか……。

 頰に手を添えてみる。

 腫れはひどく、しびれるように熱いが……見た目の派手さほどの、痛みはなかった。

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