二 エンゲージ(3)

 反射的にゆうが銃を構えたのとほぼ同時、そのダチョウが再び兵士の首にみつき、グイと上に持ち上げた。羽の生えているはずの部分から、人間の腕のようなものが伸びてきて、兵士の死体をつかみ、正面に固定する。

 ゆうはダチョウの頭部に狙いを定め、訓練通り正確に素早くトリガーを引いた。

 ライフル弾が狙い通りの位置にしようしたが、ダチョウは適確に兵士の死体を盾にした。銃弾を受けた死体はひきつけを起こしているかのように跳ね、一方のダチョウにダメージは見られない。兵士の防弾チョッキに威力をがれ、弾はその身体からだの中でストップしたらしい。

 ダチョウが一歩をこちらに踏み出す。

 あせりと恐怖の余りしりもちをつきそうになりながら、ゆうは周囲に視線を走らせた。

 すぐ後ろに、ショッピングモールの階段があった。

 ゆうは素早く反転し、その階段を駆け上がった。射角を広く取り、鉛の雨を降らせた。

 ダチョウはなおも死体を盾にしようとしていたが、全ての銃弾を防ぎきることなど到底できない。マガジンを一つ打ち尽くしそうになった時、ダチョウはついにつんのめるようにして地面に倒れた。頭部に開いた二つの穴から、血のような紫色の液体があふしている。

 ゆう身体からだは硬直したように動かない。

 銃握を握る手は石のように固まっていて、目はまばたきも出来ず、死んだらしいダチョウにくぎ付けになっていた。

 緊張のあまりパンチング呼吸で息が苦しく、あぶらあせ身体からだ中からあふした。

「何だ……あれ?」

 言った途端、急に吐き気がこみ上げ、階段の端に頭を寄せる。空っぽの胃からは、すっぱい胃液だけがあふた。

 袖で口をぬぐい、転がっているダチョウを再び見る。当たり前だが、初めて見る何かだった。

 ゆうは改めてぞっとした。一体、ここはどこなのだろう?

 人っ子一人いないおだい。そしてあのダチョウの化け物。やはりここを現実の世界と考えるのは無理があると思う。とするとここは当初の予定通り、クライン・ボトルで形成されたVR空間ということになる。

 しかしそうだとすると、なぜ自分は今、こんな謎の状況に巻き込まれているのだろう。

 プロジェクト・ファイアウォールとは人間との戦争を疑似体験するものであり、エイリアンとの戦争を体験するプログラムではない。

 全く思考のつじつまが合わず、あせりといらちが破裂しそうになったその時、

 ふいに聞きなれない音が鼓膜をたたき、ゆうの思考は中断した。

 不安と恐怖が湧き上がり、嫌な汗が背中を伝う。

 立ち上がって階段から外を眺めてみた。マラソン大会の時のような音が聞こえる。

 規則的でもありぞろいでもあり、そして断続的にコンクリートを踏みめる重く低い音。

 突如、だい駅の下に、先ほどのダチョウが大量に出現した。

 十匹まで数えたところで数えるのを止めた。ダチョウは道路の上に次から次へとあふし、真っすぐに階段に向かって走って来ていた。

 銃を構えようとして、ストップする。

 マガジンは残り五つ。銃だけでなくしゆりゆうだんを使っても、到底あの数を止めることは出来ない。

 生きたければ、逃げるしかない。

 やつらがどういう方法でこちらのことを探知しているのかはさだかでないが、今回急に集団で現れたのは、恐らく先ほどの発砲音が原因だと思う。

 なるべく静かに逃げ、身を隠す。この方法しか思い浮かばない。

 ゆうは階段の端に取り付けられていた雨どいに手をかける。細いが金属製で、力を入れてみた感じ、何とか一人の重さなら耐えてくれそうだ。

 雨どいに足をかけて全体重を載せ、いつでも降りられる体勢をとる。

 ダチョウの群れが階段を上がり始めた時、ゆうしゆりゆうだんの安全ピンを抜いて投げつけた。

 タイミングはドンピシャ。

 ダチョウの群れの先頭が僅かにしゆりゆうだんを通過したとき、「パン」という乾いた音が響き渡り、階段からダチョウの肉片と紫色の液体とが飛び散った。

 既に雨どいを伝い始めていたゆうが一気に地面にまで降りる。

 ゴトリ。

 想像以上に大きな音が、道路に接地したミリタリーブーツから響いた。

 素早く階段の方を向く。

 三体のダチョウが、目はあるのか知らないが、こちらに顔を向けていた。獲物を捕捉して、その口がバカリと開いた。血液で赤黒く汚れた歯が見えた。

 瞬間。

 ダチョウ達は身体からだを揺すりながら、我先にとゆうに向かって殺到した。

 ライフルを構える。しかし間に合わない! 先頭の一体がゆうに襲いかかる。


 ──死


 ドンドンドン!

 三発の銃声が響き、ダチョウ達はそれぞれ頭から血を吹き出しながら地面に転がった。

「伏せなさい」

 ぜんと振り返るゆうの横を、ゴーグルをした兵士が風のようなスピードで突っ切った。

 白銀の髪の毛が兵士のことを同じ速度で追いかけ、その女性が素早く膝立ちになった瞬間、彼女の背中にふわりと収まった。

 兵士が流れるような動作で銃を構え、203グレネードランチャーの引き金を引く。

 ポン、というシャンパンでも開けたかのような音を残し、りゆうだんがダチョウの群れに飛び込んだ。金属製の祝砲が、ダチョウの群れに死のひようを降らす。

 兵士は信じられない速さで二発目をそうてんし、同じように群れに向けて発射した。

 ダチョウの群れがこちらに向かって移動を始める。

 兵士が後退を開始し、自動小銃の単射モードで適確にダチョウを仕留めていく。しかし撃つスピードが異次元に速い。まるでフルオート射撃のような音がする。しかも一発も外さない。

「シルフィ、離脱しろ!」

 その言葉を聞いた兵士は突然後ろを振り向くと、声のした方を向こうとしていたゆうの右肩をつかみ、猛然とダッシュし始めた。

 引っ張られる中でゆうは見た。

 すれ違いざま、一人の兵士がゆうに向けて親指を立てていた。

 ネゲフ軽機関銃を軽々と片手で持つその兵士は、腐れ縁のたいだった。

たい!」

 呼ばれたたいはニヤリと笑って敬礼し、正面に向き直ると同時、鉛の雨をダチョウに放つ。

「集中して走りなさい。死にたいの?」

 ゆうを引っ張る兵士が、氷のように冷たい口調で言った。

 もつれる足で兵士について行きながら、ゆうはあまりにも有名な彼女の二つ名をぼうぜんつぶやく。

「……フロストバイター」

 顔はゴーグルで良く見えないが、その白銀の髪の毛に間違うはずもない。

 第二レンジャー大隊A中隊第一小隊長。

 参加者約一億人、テスト対象者の総計は約十億人のプロジェクトの中、学科と実技の総合成績において、全世界第四位に君臨する名実ともにこの大隊のエースの中のエース。

 フロストバイターはゆうがやってきた海岸沿いの道まで出ると、ジョイポリス側の建物の階段を猛然と上り始めた。

 そこに、十人ほどの兵士がいた。ゆうの胸に勇気が湧き上がる。

 階段の踊り場は、即席のマシンガンネストになっていた。

「来るぞ!」

 フロストバイターの叫び声と共に、全員が階下に向けて銃を構える。

 まずたいが現れ、急いで階段を上り始めたタイミングで、ダチョウの先頭が顔をのぞかせた。

 雷鳴のような音と共に、あらゆる武器が一斉に火を噴いた。

 ダチョウの群れは一たまりもなく、あっという間に紙切れのように引き裂かれていく。

 突然、階段の真横から、信じられない跳躍力で一体のダチョウが飛び上がってきた。

 一番近くにいた兵士の頭に狙いを定めたそれが口を開き、彼が絶叫を上げたまさにそのタイミングで、ダチョウの頭に死神がキスをした。

 ゆで卵に大穴が開き、一拍遅れて「ダーン」という狙撃銃の銃声が響きわたる。

 すごい時間差だった。どこから撃ったのか見当も付かない。

 一瞬ほうけたゆうは、しかし自分の役割を思い出し、階下に向けて射撃を開始した。

 ほどなくしてダチョウは顔を出さなくなり、フロストバイターが小石を投げて様子を見る。

 彼女はそのまま階下に素早く降りて周囲を見渡し、安全が確認できたのだろう。メンバーに向けてついて来るよう手招きした。

 たいがすかさずゆうに近付いてくる。その両目に涙が浮かんだ。

「良かった……。おいゆう、お前、絶対死んだと思ってたぞ」

たい……そりゃ、こっちのセリフだよ」

 慣れ親しんだ声を聞き、胸に熱がこみ上げてくる。

「ゆうちゃん、本当に、ゆうちゃんなんだよね?」

 前を走っていた女性兵士がゴーグルを上げて、素早くゆうの横に並ぶ。

 だった。

 おいて行かれないよう前進しながら、軽く肩を組んでお互いの無事を確かめ合う。

 ゆうたいに向き直った。

たい、いったい何がどうなってる? あいつらは何だ? 何で僕達はとうきようにいる?」

「それはベースに戻ってからだ。とにかくはぐれるな? うちのリーダーは恐ろしく速い」

 その言葉通り、フロストバイターの進行スピードは尋常なものではなかった。

 しかも先頭を走る彼女は、死角がある度に素早くそこを確認しているのである。

 索敵能力も抜きん出ている。

 分隊が東に向かって走り続け、次のT字路にまで来た時、ゆうは小さな違和感を覚えた。

 地面が……揺れている。

 まるで地震のP波のよう。本当にかすかな揺れで、走っている事もあり、ゆう以外のメンバーはそれに気づいていないらしい。しかし初期微動P波とは──、より大きなS波の前兆……。

 突如フロストバイターが手を挙げて分隊を一度止め……、

「走れっ!」

 と叫ぶと、やや左に進路を変えて急加速した。

 すさまじいダッシュに皆が続こうとしたまさにその時、ゆうの予測通りにS波が発生した。

 地割れでも起こるのではないかというほどの巨大な揺れ。

 一個分隊は足をとられてまともに走れない状態で、それでも必死に足を動かし続けた。

 たいが走りながら周囲を見渡す。

「パンターか? くそっ。どこから来る?」

 パンター?

 なぜ旧ドイツの戦車の名前など口にするのだと思った瞬間、ゆうたちの後方で、ショッピングモールの建物が中から爆砕した。

 振り返るゆうの見る先で、最後尾を走っていた二人の男女が、飛び出してきた白いゾウの化け物のようなものにばされた。

 身体からだはやはり象に近い印象だが、頭部がこちらもゆで卵だ。そして何より気持ち悪いのが、肩のところから人間の腕のようなものが左右に一本ずつ生えている。

「やめろおおおっ!」

 足が折れたのか立ち上がれない男性が絶叫する中、ゾウの化け物はバクリ、と兵士に頭から食いつき、その腹部をみちぎった。

 引き裂かれた腹から、血まみれの内臓がこぼちる。

「振り返るな! 走れ走れ走れ!」

 フロストバイターの指示に従い、全員がゾウから距離をとる。物陰に隠れると同時、それぞれが素早く攻撃態勢をとった。仲間をられた怒りと、もう一人の女性の方は助けんとするあせりとで、全員の目が血走っていた。

フアイア!」

 フロストバイターの声に続き、全ての銃火器が攻撃を始める。

 ダチョウとは違い、身体からだのでかいゾウには簡単に弾が当たる。

 しかし、倒れない。

 穴だらけの身体からだから紫色の液体を噴き出してはいるものの、ゆっくりと一度こちらを向いて、そしてまた先ほど吹き飛ばした女性の方に向き直り、歩き出した。

 その時、

 ゆうは再び、ゾウが出現した時と同じ小さな揺れを感じた。嫌な予感と共に顔を上げると、フロストバイターも銃撃を止め、怪物が出現したショッピングモールの方を凝視していた。

撃ち方止めシーズ・フアイア!」

 突然の彼女の声に寸分たがわず、分隊の攻撃がストップする。

「撤退する」

「え……?」

 ゆうは耳を疑った。そしてその目線の先に、氷のように無表情のフロストバイターがいた。

「くそっ!」

 誰かが叫び、しかし同時に、分隊のメンバーは武器を抱え、撤退の準備を開始する。皆一様に歯をめ、中にはのように、泣いている者もいた。

「ちょっ、待って!」

 ゆうはフロストバイターに詰め寄った。

 そして一度ゾウの方を……その前にいる女性の事を見た。

「まさか見捨てる気かっ?」

 詰め寄られた少女は、ゆうの話を聞いてすらいなかった。近くの何人かに素早く指示を出し続ける。ゆうの頭に怒りがこみ上げ、彼女の肩をつかもうとする。

ゆう、待て!」

 ゆうの進行をたいがストップした。

 怒りがおさなじみに向けて爆発した。

「ふざけんなたいっ! あの子はまだ生きてるぞっ!」

「もう無理だ助からない! 他の仲間まで死ぬぞ!」

「何してる撤退だ!」

 ゆうを無視して走り出したフロストバイターに続き、他のメンバーも一斉に走り出した。

 激情が胸を圧迫し、ゆう身体からだが震え出す。目から涙があふれてくる。

 もう一度ゾウの方を見る。

 女性がうようにして距離をとりながら、狂ったように頭を振り続けて泣き叫んでいた。

 ──ゆうの網膜に、幼い頃に見た光景がよみがえった。


 母さん……

 あの時……助ける事が出来なかった。

 もう誰も……絶対に見捨てたりなんてしない。


 意識する必要もなかった。

 気づけばゆうは、ゾウに向かって走り出していた。

「ふざけるな! 死ぬ気かっ?」

 フロストバイターの声を背中に聞き、ゆうは走りながら銃口をゾウに向けた。激しく振動する照準の向こうに敵を見据える。激情をたたき付けるように、何か叫びながら引き金を引いた。

 女性にこうとしていたゾウの動きが一度止まり、顔をこちらに向ける。

 ゆうは走った。

 思考が澄んでいて、身体からだが驚くほどに軽い。今までの人生で一番のスピードが出て、あっという間に怪物との距離が縮まる。身体からだ中の神経が研ぎ澄まされているのを感じた。

 ゾウが再び女性に迫ったその時、滑り込んだゆうがその口の中にしゆりゆうだんを投げ込んだ。

 ゾウの血だらけのこうこうと、臼のように巨大な歯が見えた。生暖かくて血生臭い吐息が、ゆうの顔にかかった。目と鼻の先で、わさった歯が「ガチン」と音を立てた。

 間一髪の所で攻撃をかわしたゆうが女性兵士を回収する。彼女をかばうために抱いたまま、走り込んだスピードをかして、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 後方で、くぐもったせきのような、小さな破裂音が聞こえた。

 ゆうは女性を抱えて立ち上がらせると、急いでゾウの背後に回り込んで距離をとった。

 ゾウは追っては来なかった。

 じっとたたずんだまま、海の方に顔を向け続けている。徐々にその頭部が、内出血した時のように、ジワジワと青紫色に染まっていく。

 ゆうが隊の最後尾に戻った時、ゾウがゆっくりと崩れ落ちた。前腕が折れて上体が落ち、ひっくり返って動かなくなった。

 分隊の面々は、荒い息を吐いて戻ってきたゆうのことを最初ぜんと見守っていたが、突如空に銃を突き上げて歓声を上げた。

「マジかよっ? 一人でパンターを仕留めやがった!」

ゆう、お前スーパーマンかよっ!」

 戻ってきたゆうの頭を、たいだけでなく他のメンバーもぽかぽか殴り始める。

「気を抜くなっ。来るぞっ!」

 フロストバイターの声が響いた瞬間、大きな揺れと共に、ショッピングモールの壊れた所から、今度は二体のゾウが現れ、れきを蹴散らしながらこちらに向けて走り出した。分隊メンバーは慌ててスタートをきり、再び地獄のマラソンを開始した。

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