一 プロジェクト・ファイアウォール始動(3)

 海岸線の続くノルマンディーには、存在するはずのない巨大な橋。

 その姿を、ゆうを含めたクラスの何名かは知っていた。恐竜が向かい合ったかのような、独特の外観をなすその橋。

 それがあるはず場所は、もはやフランスですらない。


とうきようゲートブリッジ』


 それが、東京港をまたぐその橋の名前だった。

「どういう、ことだ……?」

 ぼうぜんつぶやいたたいゆうの方を振り向く。もちろんゆうも何と返したらいのか分からない。

 ゆうの目の先で、フジテレビの社屋を始めとしたおだいの高層ビル群や、その先にあるレインボーブリッジまでもが、その形を明確にし始めた。

「おだい……? おだいだと? ば、馬鹿な……。は……はは。ははは。ハハハハハハハ」

 船首で突然、とう大尉が狂ったように笑い出した。クラスの全員が動揺も隠せず彼のことをすがるように見る。この中で、現状を説明出来る可能性のある人間がいるとすれば、それは唯一彼だけなのだから。

 とうは船首にあった踏み台に乗った。

「お前たち。良く聞け!」

 その腰から上が船の防御壁より上に出て、生徒達全員がぜんとする。訓練課程で、あれほどまでふなべりから顔や身体からだを出すなと怒鳴っていた指導はどこに消えたのか……。

 とうは船の中の全員をぐるりと見渡した。

 その顔に、引き裂かれたかのような笑みが浮かんだ。

「これは、本物の戦争である! 繰り返す。これは本物の戦争である! 決して勘違いするな! 撃たれれば死に、死んだらそこで人生は終わる。生きろ! 戦え! こんなことに巻き込んだ我々を、どうか許さないでくれ!」

 全員頭が真っ白になっていた。何を言っているのだろう、この人は。

 これは仮想現実。やたらとリアル色が強いとはいえ、いわばゲームみたいなものなんだろう? センスの欠片かけらもない、教育プログラムなんだろう?

「ふ、ふ、ふざけるな!」

 学級委員長のまえが絶叫した。その目は餓死寸前の獣のように血走り、口からは唾が泡となって噴き出した。

「ふざけんなよおい! これは仮想現実VRなんだろ? 何だ本当の戦争って? 何でお台場に船が向かってるんだよ? ふざけんなよ! ちゃんと説明しろよ!」

 とう大尉が委員長のことを、哀れみのこもった瞳で見つめた。

「本当にすまない。本当に。ほん」

 ズブリ

 なおも謝罪を続けようとしたとう大尉の言葉がふいに途切れ、自身の胸に目を落とした。

 拍子抜けするほど少ない血液と共に、白いサイの角のような、あるいは巨大なバラのトゲのようなものが、そこから突き出ていた。

「い……嫌あああああっっっっっ!」

 女性徒の悲鳴が上がり、船の中は再びきようこう状態に陥った。

 全員が船の後方に詰め寄ろうとして、しかし狭い船内では大した後退にもならない。

 とう大尉は目の前のことが信じられないといった顔で、自分の胸から突き出ているトゲを、まるで我が子のように優しくでた。同時に口と鼻から、ゴボリと大量の血液があふした。

 とう大尉はゆっくりと踏み台から滑り落ち、受け身も取らずに顔から落下した。頭骨の砕けた嫌な音がした。誰の目にも、死んだのは明らかだった。

 突然。

 ゆうの頭に電流が流れ、先ほど腕を投棄した時の違和感が明確な形を成した。

「遺体……」

 ゆうの口が自然と開き、たいが「え?」と聞き返す。

 遺体。

 それは、クライン・ボトルのVR空間内では存在しないはずのもの……。

 逆に遺体が残っている場合は正常なログアウトが出来ていない状態であり、それを発見した時は、すぐにに報告しなければならない。

 ゆうの目が、かつてとう大尉だったものにくぎけになる。

「遺体が残ったら、大人に報告するんじゃ……」

 ゆうの声を聞いていた数人が、この船で唯一の大人……の死体を見つめた。

 委員長がぼうぜんと口を開く。

「大人……死んでんだけど……」

 ガン!

 正面のバウランプをたたくような音がして、全員がそこに目を向ける。

 頑丈な金属製の合板に、先ほどと同じ、角のようなものが突き刺さっていた。

 生徒達の喉から悲痛な叫び声が上がった。

 ガンガンガンガンガンガン!

 正体不明のトゲが、次々と合板に穴を開けていく。

「伏せろっ!」

 反射的にゆうが叫び、たいを無理やり地面に引きずり倒したその時、

 ──ドン!

 重い破砕音がして、突然、上陸後に開くはずだった前方のゲートが降りた。トゲが、ゲートをめていたロック機構を破壊したのだ。

 あまりの光景に、全員の息が止まった。

 自分達を守ってくれていた防御壁は消え、あさもやのかかる海の姿がよく見えた。


 虐殺が始まった。


 クラスの面々は次々と飛来するトゲに撃ち抜かれ、棒でたたかれたスイカのように爆砕した。

 断末魔の絶叫の中、赤色というよりピンク色の肉片が空中に飛び散り、数秒前まで人間だったものはあっという間に細切れのミンチへと変わっていった。

 ボートの中には、逃げる場所も隠れる場所もなかった。このままではまたたに全滅する。

「海だ! 海に飛び込め!」

 目を血走らせて逃げ場所を探す生徒達に突き飛ばされながら、ゆうは必死に大声を上げた。自分もたいと共に脱出しようとして、しかし大混乱の中、いつの間にかその姿が見えなくなっていた。

「助けて!」

 声に振り返ったゆうの視線の先、床に倒れた男子生徒が、こちらに右手を伸ばしていた。左腕はすでになく、顔も右手も真っ赤な血で汚れていた。ゆうがその手をつかもうとした時、

 ボッ!

 男子生徒の前腕が消失した。二人ともぜんと、肘から上の消えた腕を見つめる。瞬間、今度は男子生徒の首から上が、トゲに撃ち抜かれて吹き飛んだ。

「くそっ!」

 吐き捨てながら周囲を見渡し、生存者を探す。3分の2以上が既に肉の塊になっている。

ゆう君!」

 呼ばれて後ろを見ると、普段は穏やかなあいが歯を食いしばり、ぐったりとしたこんどうを船の外に逃がそうとしていた。小柄な彼だけでは力が足りず、ふなべりで止まってしまっていた。

 急いで駆け寄り、あい、二人の体を一遍に押し上げる。脱出した二人に続いてボートの外に転がり落ちる時、重い風切り音と共に、ゆうの耳元をトゲがかすめていった。

 ゆうが最後、ボートを振り向くと、何かを叫びながら、メチャクチャに銃を乱射している委員長の姿が見えた。その胸に大きなトゲが命中し、腰から上がじんに吹き飛んだ。

 真下の海面に視線を移す。

 朝の冷たく、血の臭いの混じった空気を、肺が痛む位に思い切り吸い込む。


 そして──ゆうは海に落水した。


 水の中で身体からだの自由を奪う重い装備を、ゆうはいち早く脱ぎ捨てる。周囲を見渡そうとしたが、海の中は真っ赤な血で汚れ、一寸先さえ視認することが出来ない。

 たい……。……。

 とにかく二人の姿を探したかった。あせりのせいか、すぐに息が苦しくなった。

 鈍く輝く海面を突き破り、息苦しさにき込みながら、周囲に視線を走らせる。

 その時、

 ヘルメットをバットでぶん殴られたかのような衝撃がきた。

 一発で意識があいまいになり、再び海中に顔が沈む。ぼんやりした頭の中で、とにかく早く浮かばないと、と考えた。

 手足を必死に動かそうとして……


 ゆうの意識は、そこで途絶えた。

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