第一巻

王子殿下を守ります

 王子殿でんを守るために簡単なのがお兄様とつねにいつしよに行動させること。

 小説の中でお兄様がモデルとなっているはくしやくれいそくどくせんよくが強い。


『僕以外の男と話している君を見ると胸がけそうだ』


 なんて台詞せりふく。

 だから、主人公は伯爵令息の前では男性の近くに近寄らない設定のため、お兄様がいる時はバナッシュさんは王子殿下に近づくことはない……はずだ。

 そこで王子殿下はお兄様と私のいるテーブルで一緒におひるはんを食べることにした。

「……で、こちらのスカートの試作品がこれで」

「ユリアス、後にしたらどうなんだ? みんながお昼を食べる時間がなくなるだろ?」

 王子殿下に注意されてしまった。

「皆、悪いな。ユリアスは……家業に集中するあまり、周りが見えなくなるからハッキリ言ってやっていいからな」

 王子殿下から、あからさまにお金が関わるとひようへんすると言いたいオーラが出ている。

 しよみんとうの皆様は王子殿下に話しかけられてきようしゆくしてしまっている。

「あ、これ、皆さんよかったら食べてみてくださらない?」

 私がこの日のために用意した紙袋から出したのはパンだった。

 ジャガイモぐらいの大きさのパンは少しかためで大きさのわりに食べごたえがある。

 小さいから女性でも食べやすいだろう。

 私が庶民棟の皆様に渡しているパンを王子殿下もなぜか一つ食べた。

うまいなこれ」

「それはユリアスが作った軍事えんせい用の日持ちがして満足感のあるパンの試作品ですよ」

 朝お兄様の鞄にも入れておいたからまだいくつか入っているはずだ。

「へ~旨いな。これ採用されるんじゃないか?」

「王子殿下」

「……なんだ?」

 私ががおを作ると王子殿下はいやそうな顔をした。

「一筆書いていただいても?」

「っ! ……これもか?」

 王子殿下はパンをほおると言った。

「俺が気に入ったって書けばいいのか?」

「ええ! 別の味もあるので全部食べてから書いてくださいね!」

 私は紙袋から十種類のパンを出した。

「……持ち帰りを要求する」

もちろん! 感想をレポートにおこしていただいてもよろしいですか?」

「宿題にしないでくれ」

 私がだれにも気づかれないように舌打ちすると王子殿下は項垂うなだれた。

「ローランド、君の妹をどうにかしてくれ」

「殿下、妹のお手製の食べ物は総じてしいですからぐにでもレポートにおこしたくなるはずです。がんれ」

 王子殿下の深いため息がひびいた。

「食べないなら他の人に意見を聞くので返してくださいませ」

 私が口をとがらせると、王子殿下はそんな私の顔を見て笑った。

「君はそんな顔もするのか」

「そんな顔ってなんですか?」

 お兄様の方を見るとお兄様もニッコリ笑顔を作った。

「ユリアスは落ち着いて見えるから、くされたりしないと思われていたんだろ?」

 そんなことはない。

 不貞腐れたりも泣いたりもする。

「私だって人間です!」

 なぜかお兄様に頭をポンポンされた。

「ノッガー様ってわいらしい方だったんですね」

 庶民棟の皆様にニコニコされた。

 だから、私だって人間なんだけど。

 なんだかせぬ。

「そういう顔をしているとユリアスも可愛いと思うな」

 王子殿下がそんな社交辞令を口にしたのとお兄様が立ち上がったのは同時だった。

「……なぜ立った?」

「殿下…………前に言ったはずです」

「……いつぱんろんだ。ローランドひとまず落ち着いて殺気を出すのはやめてくれ」

 私はお兄様を見上げた。

 口元をヒクヒクさせているお兄様はどうやら社交辞令を真に受けてしまったようだ。

「お兄様、私のためにありがとうございます。でも、社交辞令にときめくほど私はお世辞に不慣れではないのですよ!」

「お世辞でも社交辞令でもないとは思わないのか?」

 お兄様に可哀想かわいそうなものを見るような目で見られた。

 なぜだ!

 私はちがったことを言ったのだろうか?

 あんな、あからさまなお世辞は私にだってわかる。

 鹿にしないでほしい。

「私はお兄様みたいに誰からも好かれるタイプではないのは自覚しております。社交辞令以外で可愛いなんて言われたことないですもの」

 なぜか私の周りにいた全員にため息をつかれた。

 なんなんだ!

 私が不満を口にしようとしたしゆんかんこんやくしやさまが近づいてくるのが見えて私はだまった。

 私が表情をもどしたことに周りは直ぐ気がつき、婚約者様の方を見た。

「殿下もローランドもなぜこんな庶民の近くにすわっているんだ? こっちに来て一緒に食べよう! がいるんだ」

 王子殿下もお兄様もあの小説をすでに読んでいたので、こうやって婚約者様が話しかけに来るのは解っていた。

「ラモール様、悪いのですが殿下と軍事用の非常食について話し合いをしているんです。また後にしていただけませんか?」

 お兄様がていねいに断る。

「ローランドそう言うな。殿下、よろしいですよね?」

 ああ、本当にアホだこいつ。

 私はため息をつきたくなるのをまんして表情を固めた。

「ユリアス、二人を借りても文句はないな!」

 あります。

 王子殿下を守る約束をしてしまったので……。

 私はゆっくりとから立ち上がると婚約者様の前に立った。

「ラモール様、王子殿下とお兄様は国事に関する話し合いをしているのです。じやをしては……」

うるさい。お前にきよけんなどない」

 こいつ、頭かち割ってもいいだろうか?

 勿論、私には物理的に婚約者様にこうげきけることはできないが、やとうことは簡単だ。

 私が少しの殺意を婚約者様に向けると王子殿下があきれたように言った。

「ラモール、ユリアスは君の婚約者だが俺の友人でもある。口をつつしめ」

「……申し訳ございません」

 王子殿下の言葉にくやしそうな顔でにらんでくる婚約者様。

 何もこわくない。

 それよりも、王子殿下がかばってくれたことにおどろいた。

「ユリアスの言う通り大事な話の最中だ。また今度にしろ」

 王子殿下は続けて婚約者様をはらおうとしたが、失敗に終わった。

 婚約者様の後ろからヒロイン気取りのバナッシュさんが現れたからだった。


 婚約者様の後ろから顔を出したバナッシュさんはキラキラしたひとみで王子殿下を見た。

「わあぁ! この前はぶつかってしまってごめんなさい。貴方あなた、王子様だったんですね! 私ったら何も知らなくて……お怪我はありませんでしたか? あ、私は大丈夫でした。ご心配をおかけしてすみません。でも、うれしい。王子様って優しいんですね♡」

 婚約者様が戻ってこないことに耐えかねたのか、自ら乗り込み自己紹介イベントを勝手に始めたバナッシュさんに私もお兄様も王子殿下もぼうぜんとしてしまった。

 この台詞は小説でこうしやく令息が伯爵令息と王子をヒロインに紹介する場面でヒロインが言う台詞そのものだった。

 私は、バナッシュさんがごういんに物語を進めるつもりだとさとった。

「私はジュリー・バナッシュと申します。ドーナツが大好きです! あ、あとピンクの小物も大好きでって……興味なかったですよね。ごめんなさ~い♡」

 バナッシュさんの熱視線を受けて王子殿下は私の方をチラリと見た。

 助けて~と言いたいようだ。

 瞳がれているからどうようが手に取るように解る。

 私は王子殿下とバナッシュさんの間に立つとほほんでみせた。

「バナッシュさん、今殿下はお兄様と今後の国に必要な仕事のお話し合いをしています。ここで自己紹介をするのはいささかめいわくだと解らないのかしら? その話はまた後にしてよろしいのでは?」

 私の言葉にバナッシュさんは傷ついた顔をした。

 そしておびえたように婚約者様の後ろにかくれた。

 私がいじめていることにしたいらしい。

「ご、ごめんなさい。私、何も知らなくて……」

「ユリアス、なぜお前はジュリーを苛めるんだ! 本当に心のきたない女だな!」

 めんどうくさい。

 ケチョンケチョンにしていいだろうか?

「ラモール様、妹の心が汚いなどと馬鹿なことを言わないでいただきたい。妹は貴族として常識のないバナッシュじようはじをかかないために言ったまでです。言い方が気に入らないのかもしれませんが、悪気はないので許してやってください」

 お兄様の悪気のある台詞に私は笑いそうになってしまったが、耐えた。

「ラモール様、私が悪いのです。ユリアス様を許してあげてください」

 バナッシュさんは婚約者様のうでにしがみつくとうわづかいに婚約者様を見つめながらそう言った。

 バナッシュさん、から目線ですか?

 常識がないってハッキリ言われてるの、気がついてないの?

 私は笑いが込み上げてつらかった。

「とにかく、自己紹介は終わったのだろう? では、もう用はないな」

「私! 王子様ともローランド様とも、もっとお話しがしたいです」

 バナッシュさんは顔を真っ赤にして言った。

 可愛いがアホにしか見えない。先ほどまでの会話を聞いていなかったのか?

「悪いが大事な話し合いをしているんだ、席を外してくれ」

 王子殿下が冷たく言った。

 これは予想外だったのか、バナッシュさんは首をかしげた。

「……お邪魔にならないようにしますから」

 捨て犬のような顔でバナッシュさんがつぶやく。

 王子殿下がひるんだのが解った。女性に対してきつい態度がとれないのは王子殿下の美徳か? それとも、ただのヘタレなのか? それともマチルダの運命の力のせい?

 私は困った顔を作り言った。

「バナッシュさん、王子殿下はとってもおやさしい方なの。だから女性にざわりだから消えろなんて強い言葉は言えないんですのよ。意味解りますわよね? これ以上、殿下を困らせてはいけませんわ」

「っ!」

 バナッシュさんはついに瞳になみだかべた。

「ご、ごめんなさい」

 そう言うと、バナッシュさんの瞳から涙があふれた。

 それを見た婚約者様のけんに一層深くシワを寄せる。

「ユリアス! お前はなんて女なんだ」

「なんて女とは?」

「ジュリーを泣かして楽しいのか!」

 私は勢いよく婚約者様に近づいて言った。

「楽しくなどありません。私が言いたくてこんなことを言っていると思ってらっしゃるの? 私が優しい言葉を選んでいるうちに迷惑だと気がついてほしかったのがお解りいただけませんでしたか? それに、ラモール様も注意されたぐらいで泣くなとちゃんと彼女に言い聞かせておいてください! 私はバナッシュさんが社交界でずかしい思いをしないように言っているのです! ラモール様もバナッシュさんが困るのは本意ではないでしょう? 貴族女性はつねに男性を支えるため、見た目には一歩引き、内では先にじようきようあくして男性が前を歩く手助けをしなければいけないと教わるのですから」

 勢いよくまくしたてると婚約者様は後ずさりをした。

「バナッシュさんが困らないためにラモール様ができることは常識を教えることです! 常識のあるラモール様であればお解りになりますよね? 国の重要な話し合いを邪魔してはいけないと!」

「あ、ああ」

 私の勢いに、婚約者様がうなずいたのをかくにんすると私は笑顔を作った。

「では、お引き取りを」

 婚約者様がこんわくがおをしながら元々座っていた席に戻ると、バナッシュさんは悔しそうに私を睨みつけ、婚約者様を追いかけていった。

「ローランド、ユリアスはすごいな」

「そうでしょう! れないでくださいよ」

 王子殿下が呟くとお兄様が小声で返していた。

 こそこそ話すのはやめてほしい。

 私は不満な顔を作った。

 なぜお兄様と王子殿下に微笑まれたんだ?

 私はなんだかしやくぜんとしない気持ちで口を尖らせたのだった。



 お城でとうかいが行われる日。

 お父様に会うため、舞踏会に出席することにした。

 基本的に私は新しいドレスや宝石が手に入った時にしか舞踏会には出席しない。

 みずから新しい物を身につけ宣伝した後は、次の舞踏会でかぶらないように出席しないのだ。

 それが定番の販売戦術だった。

 けれども、今回はいそがしいお父様をつかまえるために出席しようと思う。

 王室しゆさいの舞踏会となれば有力貴族は必ず来ている。

 うちのお父様も例外ではない。

 舞踏会の会場でお父様を探すと、さいしようかつと話し合いの最中だった。

 邪魔をしてしまうだろうか?

「おや、そこにいるのは貴方の娘さんでは?」

「ああ、ユリアス。こっちに来なさい」

 私は営業スマイルで二人に近づいた。

「お話し中に申し訳ございません」

「ユリアス嬢は見るたびに美しくなりますね」

「ありがとうございます宰相様」

 宰相閣下は私にニヤリと笑顔を向けた。

「最近は殿下と仲よくされていると聞きました」

「はい。友人にしていただきましたので」

「友人……」

 宰相閣下はゆっくりと言った。

貴女あなたのお父上は野心家ではないですか。まさか殿下と友人でとどまる気でいるわけではないでしょう」

 宰相閣下はニコニコしていて、お父様は困惑した顔をしていた。

 私はお父様を気にすることなく宰相閣下に負けずに、ニコニコしながら言った。

「宰相様、私と王子殿下はじゆんすいな友人ですわ」

「純粋とはずいぶん無理のあることを言う」

 私はゆっくりと聞いた。

「私には婚約者がいますのに無理のある話なのでしょうか?」

「下心もなく殿下に近づく女性が本当にいるのかな?」

 疑い深い男である。いや、これが国の宰相というものなのだろう。

 私は顔を両手で隠すと泣きをしてみた。

「宰相様、それは、あんまりですわ! 全ての女性が下心を持っているなんて……へんけんですわ!」

 泣き真似をしたことでお父様が慌てたように私の肩を抱いた。

 それを見た宰相閣下は深いため息をつくと馬鹿にしたように言った。

「なんと安い涙でしょうか? そんなうそきなんかで、私がなつとくするとでも? 早くほんしようを現してはいかがかな?」

 この人には、下手な小細工はしない方が理解してもらえるのではないか?

 私はこのうたぐぶかい宰相閣下が気に入った。

 宰相閣下は使える、私の味方にしてしまおう。

 私が泣き真似をやめて微笑むと宰相閣下は予想外だったのかギョッとした顔をした。

 そして、お父様は私が何かを企んでいると解ったのか何も言わずに私から離れ、様子をうかがうことにしたようだった。

 そこに呆れ顔で現れたのは王子殿下だった。

 王子殿下はジト目を私に向けながら言った。

「あの女が来ている」

「知っています。ですが私は今、宰相閣下に本性を見せるところなので、殿下にかまっていられませんの。できるだけ一人にならないようにしたらいかがですか?」

「助けろ! あいつイベントを起こすためにぶつかってくる気満々だぞ!」

「知っていますと言っているではないですか。だから頑張ってくださいませ」

「レポート書いてやったろ!」

 思わず小さく舌打ちをしてしまったのは言うまでもない。

 舞踏会の音楽や周りのおしやべりのおかげで誰にも気づかれていないようだ。

 案の定、宰相閣下には気づかれなかったみたいだが、なぜか王子殿下には気づかれてしまったようで定番の呆れ顔をされた。

 私は気にせず宰相閣下に笑顔を向けた。

「心配せずとも、王子殿下にいろけがきくとは思いませんし、するつもりもございません。それでもお疑いになるようであればことのてんまつをちゃんと説明したいと思いますので、今しばらくお待ちくたさいませ」

 その後、私はお父様に向き直った。

「お父様お願いしたいことがございます」

「ユリアスがおねだりするだなんてめずらしいな」

「婚約するので関連書類を全て私に渡してください」

「……あんなに侯爵のしやくしがっていたのに何かあったのか?」

 私はクスクス笑って言った。

「王子殿下が一筆書くと約束してくださったので必要なくなりました。それに、ラモール様が私とは絶対にけつこんしないと言うので………侯爵の位はらなくなりました」

「そうかそうか、それならば侯爵に気づかれないよう書類にラモールのサインをさせるんだぞ」

「勿論です。向こうは他に結婚したいお嬢さんがいるらしいのでしやりようもたっぷりいただくつもりです」

「解った。直ぐに用意させよう」

 私とお父様は一緒にクスクスと笑った。

 そんな私達を無言で見ていた宰相閣下が呆れたように呟いた。

「殿下、友人は選んだ方がよろしいかと思います」

「解ってる。俺もこうかいは……してなくもない。けどな、俺を変な女から守る腕だけは間違いないんだ」

「変な女?」

「後で予言書を見せてやる」

「予言書?」

 宰相閣下はこんわくしていた。

 そりゃそうだろう。

 そこに、王子殿下の背後から近寄るバナッシュさんが見えた。

 バナッシュさんはうまい具合に王子殿下にぶつかってみせた。

「ご、ごめんなさい! あっ! 王子様!」

 王子殿下の顔が引きつった。

「まあ、バナッシュさんまた王子殿下にぶつかってますの?」

「わ、わざとじゃないんです!」

 いやいや、わざとだろ!

「そう、ならずいぶんと注意力がさんまんなのね。ぶつからないように、もっと人の少ないはしを歩いたらどうかしら?」

「そ、そんな言い方しなくても………」

 バナッシュさんはショックを受けた顔をしたが、手早く王子殿下を助けるためにわざと言ったにすぎない。

「あら、気分を害してしまいましたか? それはごめんなさい。王子殿下に毎回迷惑をかけているようだから気をつけてほしかっただけなのよ」

「迷惑だなんて……」

「毎回ぶつかってくるのは迷惑じゃないのかしら?」

「それはぐうぜんで」

「偶然! 偶然で毎回王子殿下にぶつかるなんて! なのかしら?」

 バナッシュさんの顔がパァーっと明るくなった。

「運命だなんて!」

 声のキーが上がってるぞ。

「ユリアス!」

 あせったような王子殿下の声に私は笑顔を向けた。

「ことあるごとにぶつかってくるバナッシュさんが運命なら〝ほこの中ではじめて会った私と殿下も運命……だなんて思ってはいけませんわね?〟」

 王子殿下は驚いた後に笑った。

 私が言ったのは最新の小説イコール予言書の台詞だ。

「〝何をおいても、君との出会いは運命だと思っている〟」

 王子殿下は私の台詞にしゆんに気がついたようだ。

 小説の中ではヒロインが彼氏になった侯爵とけんをして、王子になぐさめてもらおうと寄ってきたのをさっきの台詞で私モデルの悪役れいじようが追い払うというシーンがあるのだ。

 バナッシュさんは何がおきたのか解からなかったのかポカーンとしていたがしばらくすると悔しそうに私を睨みつけて、去っていった。

「予言書の通りだな」

「あちらが予言書を使してくるなら私だって最新の予言書でたいこうします。王子殿下、よくあの台詞を覚えていましたね? ナイス演技でしたわ」

「あれぐらいなら任せろ」

 私達はニコッと笑い合った。

「殿下、うちの娘にちょっかいを出さないでいただきたい」

 とつぜんのお父様の声に振り返るとお父様の口元がひくひくしていた。

「お父様、演技ですからだいじようですのよ!」

「演技?」

「彼女から守るけいやくを王子殿下としてますの」

 お父様と宰相閣下は何がなんだか解らないといった困惑顔だ。

「宰相様、ちゃんと説明をしたいので人の来ない場所を用意していただけませんか?」

「……では、自分のしつしつに」

 私は王子殿下とお父様を連れて宰相閣下の執務室に向かったのだった。


〝「この前はぶつかってしまってごめんなさい」

 れいあずまで見つけたのは、先日私がうっかりぶつかってしまった男の人。

 人のあまり来ない東屋にころぶ彼は私が東屋に入ってきた気配で起きてしまったようで、スカイブルーの瞳がやわらかくみの形を作った。

 つやのあるくろかみを色っぽくかき上げてニコニコしながら彼は言った。

「気にすることはない。君はなどしていないか?」

 この学園の男の人はなんでみんなこんなに格好いいの?

 毎日こんな人達と一緒にいたらドキドキしすぎて死んじゃうんじゃないかしら!

「君は何も知らないようだな」

「私、最近この学園に転校してきたばかりで……」

「そうか、何か質問があれば今なら答えてもいい」

「本当ですか? うれしい!」〟



「これはなんですか?」

「予言書です」

 私は持ってきていた小説を宰相閣下に読んでいただいた。

 宰相閣下の反応は正常だ。

「それを忠実に再現して俺を落とそうとしているのがさっきの女だ。ちなみに、その小説の作者はマチルダだ」

 王子殿下の言葉に宰相閣下は驚いた顔をしながらパラパラとページをめくった。

「なるほど……彼女の力が働いているとすれば、そのストーリーを再現すればおうになれるということか……」

 宰相閣下は一人言のようにしみじみとそう言った。

「いや、王妃にはなれない」

「なぜです?」

「その小説では最後、主人公は侯爵令息、ラモールを選ぶからだ」

「ラモール?」

 お父様は宰相閣下から予言書をうばい取ると速読し始めた。

 お父様、それどうやったらできるんですか? 教えてほしいです。

「……ラモールはこの小説の通りにあの女に落とされた、ということか」

「ですわね」

 お父様は真顔で小説をパラパラとめくった。

「それと同時に、その予言書のお陰で私はラモール様と婚約破棄できるのです」

「……ユリアスがモデルの悪役令嬢はこれ以降出てこないのかい?」

 私が黙るとお父様は私に向かって手を差し出した。

「続きもしなさい」

「お父様」

「さっきの台詞が出てくるやつをたのむよ」

 嫌だな。

「発売前です」

「じゃあ、原本はあるんだね」

 ああ、嫌だ。

 私は遠くを見つめて小さく呟いた。

「家にあります」

「解った。今夜時間を作ろう」

「お父様」

「なんだい?」

「予言書とは言っていますが、私はこの小説の伯爵令嬢と私は似ていないので、すくなくとも私への影響はないものと信じています。あくまでもこの小説を予言書のようにして実行し殿とのがたの心を奪おうとする女性がいるというだけで本当の予言書というわけではないのです。ですので私と王子殿下がこいなかだとか思わないでくださいね」

「そんな内容なのか……前から言ってるが私はユリアスを政略結婚させてまで家を栄えさせようなどと考えていない。肩書きなど関係なくは栄えているのは解っているだろ?」

 お父様の額に青筋が立ってしまった。

 私はため息をつくと言った。

「ご心配にはおよびません。だって王妃って面倒臭いじゃありませんか! 城から出られず、異国で買いつけもできない。その上、世継ぎはまだかと迫られる。王妃って……なんて退たいくつな職業なんでしょう」

 私の言葉にお父様は苦笑いし、宰相閣下はぜんとした顔をした。

 王子殿下は……いつもの顔。

「殿下、案外いい友人かもしれませんね」

「……だろ」

 宰相閣下はどうやら私を認めてくれたようだ。

「宰相様」

「なんでしょうか?」

「認めてくださりありがとうございます。まさか宰相様まで友人になってくださるなんて、ありがたいですわ」

「………友人になると言ったつもりは」

「いい友人だと言ってくださいましたもの? ねぇ、お父様」

「そうだな。宰相殿ありがとうございます」

 宰相閣下の顔が引きつったのが解った。

「大丈夫です。私、歯車は大事にするたちなので」

「ユリアス、友人と言うべきところを歯車と言ってるぞ」

「あら、私ったらついうっかり。ですが、歯車とは重要なんですのよ。少しでもわなければ動くことすらできないですもの。だから私は歯車は大事にすると決めていますの」

 私が笑うと王子殿下は深いため息をついた。

「宰相、あきらめて友人になっておけ」

「ですが、殿下……」

「ノッガーの一族は味方にしておいた方が得だ。むしろ敵になるなんて考えただけでもおそろしい」

 王子殿下も宰相閣下を説得するのを手伝ってくれた。

「……解りました。友人になりましょう」

 私は宰相閣下に笑顔を向けた。

「宰相様が裏切らないかぎり私は貴方をおとしめることをしないとちかいます」

 私の言葉を聞くと宰相閣下は諦めたように頷いてくれた。

 その後、宰相閣下は不安を打ち消すためかお父様と契約書を作成する話を始めた。

 取り残された私に同じく取り残された王子殿下が呟いた。

「ユリアス、俺にもさっきの誓いをたててくれ」

「…………面倒ですわ」

「聞こえてるぞ」

 殿下は私が舌打ちするのを見ていた。

「それに舌打ちしすぎだ」

「ついです王子殿下」

「少しは直そうと思ってくれ」

「ですが、舌打ちなんて王子殿下にしかしませんわ」

「特別みたいに言っても問題大ありだ」

 私が首を傾げると、王子殿下はまた深いため息をつくのだった。

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