公女殿下の家庭教師5 雷狼の妹君と王国動乱

プロローグ


みな、今日はよく集まってくれた。グラント・オルグレンだ」


 東都こうがいの森林地帯。オルグレンこうしやくさんそう、その地下に設けられたかくし部屋によい、参集したのは、王国東方の有力貴族達だ。

 きよだいえんたくに座る男達は、私が中央の席で名乗りをあげると一様に背筋を正した。

 はくしやく、子爵、男爵といった貴族達。それに、我がオルグレンの達。

 幕下にある貴族、騎士達で参集可能な者は全員が出席しており、そうそうたる顔ぶれ。

 王都近辺で演習としようし待機中のさいせいえい部隊『むらさきぞなえ』を率いるハーグ・ハークレイとオルグレン幕下のとう貴族達がそろったのなら、まぎれもなく現王国最強であろう。

 えつる私に向け、りんせきの二弟のグレックが円卓を指でたたいた。

 私はせきばらいをし、同志達に言葉を発する。

「急な招集に応じてくれたことを感謝する。用件はほかでもない──『きよ』のことだ」

『!』

 室内に強いきんちようが走る。

『義挙』──貴族達から次々と多くの権利をはくだつしている現王家へのほんは、何年も前から綿密に計画されてきた。

 グレックの反対側に座るレーモン・ディスペンサー伯爵が挙手をする。

 この男はグレックの腹心であり、今宵の会合後、弟と共に王都へ向かうことになっている。

「公爵殿でん、それは……先日の東都の一件を受け『義挙』を中止される、という意味でしょうか?」

「いや、ちがう──グレック」

「はっ!」

 二弟は私の指示を受け立ち上がった。

 王都近辺の諸部隊を率いていたグレックとは久しぶりに会ったが、細身でありながらきたえられた身体からだい紫の軍服がえ、実に堂々たる様だ。我が弟ながられする。

 流石さすがは真の『オルグレン』をけいしようする資格を持つ者。三弟グレゴリー、四弟ギルにはせんの血が流れているため、こうはならん。グレックが良く通る声で説明を開始。

「皆、聞いているな? ジェラルドは我等の指示を待たず、単騎で先走り……この騎士団と『けん』の前にやぶれ去ったっ!」

 部屋の空気が一気に重くなる。

 ──かつての王国第二王子、ジェラルド・ウェインライトは真のおろものであった。

 あのぶつが愚かしい父──ギド・オルグレンの指示によりえいかい近くのしきへのゆうへいが決まった際、私は使い物になるかもしれぬ、と考えた。くさっていようが『ウェインライト』。かかえておく価値はある。

 そこで我等はジェラルドとひそかにせつしよくし、やつのかつての部下『黒騎士』を探し出して護衛に付け、そして──事が成った後、かいらいの王となるというせいやくわしたのだ。

 そのあかしとして、『えんじや』のたんけんと、密かに入手したいにしえだいほうえんりん』の魔法式が書かれた史上さいきよう最悪の魔法士『えん』の日記帳の模写をわたした。とうていあつかえぬ、と確信して。

 だが、我々の予想を裏切り暴走を始めたジェラルドは、あろうことか『えんりん』を発動させ、東都、そして王都をも焼きくそうとした。……あの男はきようじんだったのだ。

 分からぬのは、あれほどの数のようへい達をやとう金が何処どこから出たのか……。

 グレックが静かに続ける。

「そして、東都にはジェラルドの件に対応する為、『剣姫』と近衛騎士団本隊、『大魔導』ロッド・フードルと『教授』までもが集結した」

『っっっ!!!!!』

 貴族達に大しようげきが走った。一部の者はきようこう状態におちいっている。

『剣姫』にせよ、『大魔導』にせよ、『個』で戦局すらも変えかいぶつ、とされて久しい。

 だが前者は若い女。いざ、戦場で相まみえれば、私の勝利はらぐまい。

 問題は後者の二人。こ奴等に察知されれば……『義挙』は失敗に終わる可能性が高い。

 グレックが自信満々で言い放つ。

あんしんめされよ! すでに近衛騎士団本隊ははんかいし、王都へとかんした! 我等とジェラルドのつながりは何一つとしてつかまれていない! しかも、兄上の『ギド・オルグレンの病が、だい、グラント・オルグレンも同席の上、秋口、王都王宮にて直接説明』の言を信じ、夏季慣例を再開。『剣姫』は南方へ。『大魔導』は西方へ。『教授』は北方へと、きゆうの為、去る! つまり──この一件はもう終わった、と考えているのだ」

「奴等が各地へ散った後、東都から王都までの間に現状、我等をさえぎる『敵』は存在しない」

 私は皆に結論を述べる。

 ──厳密に言えば、私の言だけではなく『担保』も付けた。

 王国の老人達であれば、必ず信じる『担保』を。

 結果、教授も『大魔導』もあっさり、と信じた。王国さいこうほうの魔法士達にも見破れぬとは、せいれい教の文書ぞう技術はらしい。

 ジェラルドがゆいいつもたらしたもの、それは──すきだ。

 事は終わった、という愚敵共の思い込みを、我等はく!

 大魔法の使用で意識が混濁したまま近衛本隊に王都へと連行されたジェラルドから、密約がれる可能性はない。ないが……我等との書簡は旧ルパード伯爵ていからも発見されなかった。

『黒騎士』とその部下達の死体もなく、だつしゆつした、と推測出来る。

 つまり、奴等が書簡をこうしよう材料に、ジェラルドと自分達の地位保全を条件に、王国ちゆうすうと接触する可能性は高い。それが、王都へ届いてしまえば…………めつだ。その前に。

 息を大きく吸い込み、


『『義挙』を決行する』


 室内は静まり返り──直後、貴族達は立ち上がりさけぶ。

「そのことを待っておりました!」「実力主義、をかかちつじよ破壊を行う王家にてつついをっ!」「実力主義が進めば我等の上に平民や、せいすら持たぬ移民、あまつさえ地をじゆうじんが立つ可能性すらある」「そのような父祖の歴史をもみにじる所業、断じてようにん出来ませぬ」

 士気きわめて高し。グレックとうなずき合う。これならば。

 その時、円卓右側中央に座っている白髪しらがの老人が手を挙げた。

 眼光はたかのようにするどく、あつとう的なあつかんを感じる。室内が再度緊張。

「──公子殿下、発言を許されたい」

 となりのグレックが問う。

「ヘイデンはく、何か?」

 オルグレン公爵家の『そうよく』の一翼、王国内に十人といない『大騎士』の称号を持つオルグレン公爵家親衛騎士団団長、ヘイグ・ヘイデンが、ギロリ、と私達をにらんだ。

「我等は王国東方防衛に特化しております。外戦は魔王戦争以来、二百余年の間、経験しておりませぬ。それゆえ、事を起こす際、へいたんについて格別のはいりよを……とお願いしておいたはず。また、王都は遠く、そのれんらくもう維持についてもねんがございます」

 ハーグとこの老人は愚かな父、ギド・オルグレンの子飼い。油断は出来ない。

『王家が掲げている実力主義にかこつけた、下級貴族、いつぱん平民、水面下で進みつつある移民、獣人の登用に反対で我等にくみした』……と、当人達は説明したが、にわかには信じがたし。

 何より、オルグレン公爵をいだこの私を『公子殿下』だと?……老害がっ!

 弟が私に目配せ。ここでろうするのは予定外だが仕方あるまい。

「無論、考慮しております。グラント兄上」

「ヘイグじいよ、お前の懸念はもつともなものだ。しかし、問題なきことを確約しよう」

「……と、申しますと?」

 昔から無礼な老人だ! もう、貴様やハーグ、愚父の時代ではないことを教えてくれる。

 私と弟に厳しい視線を叩きつけてくる老騎士を心中でとうしつつ、円卓をわたす。

「魔王戦争時代とは異なり、今や王国の主要都市は汽車で繋がれている。我等は兵站維持と軍の移動に汽車を用いる! 既に我等へ賛同せし各大商家が、物資の準備を進めている。また、ちようきよ魔法通信を大々的に用い、連絡も密としよう。このような戦例──大陸広しといえど前例はない。『義挙』は新時代のいくさ、そのさきがけとなる! ヘイグ爺、これでなつとく出来ぬか? そして……私が先日、オルグレン公爵家を、その証となるそうしん』と共に継承したことは既に知っていると思うが?」

「………………出過ぎた物言い、申し訳ございませぬ、公爵殿下」

 老騎士が頭を下げ引き下がる。多少、りゆういんが下がった。老人には出て来ぬ考えだったろうな。他の同志達は興奮し、こぶしにぎりしめたり、何度も頷いている。

「兄上、私も一点だけ確認しておきたいのですが」

 えんたくの末席に座る、フード付き灰色ローブを着たせ男──三弟のグレゴリー・オルグレンが挙手した。今日も張り付けたようながお

 みよういらちを感じながら、許可を出す。

「……何だ?」

「作戦案については疑問の余地もありません。素晴らしい。必ずや成功すると確信を……」

「早く言え!」

「あ、すみません。東都をおさえる際なのですが、万が一ていこうする者がいたら如何いかがいたしましょう? 獣人達がどう動くかは未知数かと……。彼等と我等には『古き誓約』がございますし、目標の一つである大樹は、彼等にとって聖地です」

「ふんっ! そんなことか。決まっている」

 こしかけ、せせら笑う。仮にも我が弟がそのようなを心配しているとは。

 先日、獣人族の取りまとめであるおおかみ族族長オウギに冷たくあしらわれたことを思い出す。

 ……魔王戦争以来のかびが生えた『古き誓約』なぞ、気にする必要もないわっ!

 私は背筋をばすと、高らかに宣告した。首にかけている聖霊教のきんぐさりの揺れが心地よい。

「無抵抗ならば、かんだいの心を持って命だけは助けてやろう。が、少しでも抵抗すれば、当然──害獣としてようしやなくじよする。けものが人に歯向かうなど烏滸おこがましい」

 隣のグレックがはくしゆ。すると、次々と同志達からも拍手が上がり出す。

 東都の東西に大きな自治区を持ち、さらには大樹をどくせんしている獣人達への反感は強い。大樹の実、枝、葉はばくだいな財となる。

 拍手をしていないのは……ヘイグとその部下達。いまうれい顔のグレゴリー。

 私は右手を上げ、拍手を止めさせる。

「ヘイグ、それにグレゴリー。まだ、何か懸念材料があるのか?」

「…………いえ。無抵抗な獣人族への対処は聞けましたので」

「『剣姫の頭脳』は如何致しましょうか? 療養のため東都へ残留するようですが……」

 ろうは引き下がったものの、愚弟は食い下がってきた。

 円卓の貴族達からは「『剣姫の頭脳』?」「『剣姫』のこしぎんちやくか!」「『姓無し』の分際でリンスターに取り入ったとんでもない男だ」と言った声が上がる。

 どうやら一人として、きように感じている者はいない。私はいつしゆうする。

「何かと思えば……気になるならばお前の方で処理せよ!!」

「わ、私がですか??」

 たんにグレゴリーがろうばい。グレックとこうもちがうものか。

「そうだ。出来るだろう?」

「…………分かりました。『剣姫の頭脳』は私が担当致します」

 愚弟は頭を深く下げ、受け入れた。獣に育てられた一平民ごとき、こ奴とその護衛の魔法士達に対応させるだけでもじようであろう。……まったくもって、情けなしっ。

 私は右拳を高く掲げる。

「我等は勝つ! ちがいなく勝つ!! 心強い味方も東方よりらいえんする!!! 勝利を我等にっ!!!!」

『勝利を我等にっ! このくるった時代にしゆうえんを!! オルグレンこうしや殿くでんかばんざいっ!!!』


    *


 愚者共のうたげが終わった時分。私はかくし部屋のとびらに手をかざし、名乗りをあげる。

「コノハです。お開けください」

 すると、重厚な扉にほう式がかびあがる。その文様が、自我を持つかのようにゆっくりと解けていくと──扉が開いた。

 部屋の中にいたのは、灰色ローブをまとったグレゴリー・オルグレン。左手で首元の金鎖をいじっている。

「ああ、コノハさん。待っていましたよ」

 笑顔。けれど、何処どこか得体の知れぬやさおとこに、名前を呼ばれただけでおぞったものの、私は使命感でその感情をふうさつした。

「何のようでしょうか? グラント公爵殿下から貴方あなた様へのかん命令に変化はありません」

「あーそんなのはどうでもいいんですよ。こっちへ来てください。おもしろいですよ」

 私は無言のまま近づくと、指で示された円卓をのぞき込む。

 王国全図の上に硝子ガラスこまが配置されている。

 味方はむらさき。敵は赤・あおみどり・白。中立他は無色に分かれているようだ。王都周辺に敵はほとんどおらず、無色の大駒が二つあるだけ。

 気持ち悪い笑みを浮かべたまま、グレゴリーが続ける。

「『きよ』決行時の推測情勢です。王都にろくな戦力はいません。この団はジェラルド元王子の件ではんかいしていますし、王家直属の護衛官達はせいえいですが少数。東方の二こうしやく家、ガードナー、クロム両家からも中立を取り付けた。戦力的には楽勝。負ける筈がない──グラント兄上とグレック兄上はそうお考えのようです」

 私はちんもく。この男と会話を楽しむしゆなどない。

 だが──私も『義挙』と呼ばれている愚者共のきようえんしよせんにおいて勝ちはするだろうと考えていた。何しろ、オルグレンの『双翼』が参加しているのだ。

『大騎士』とは騎士の頂点に君臨する者への称号。生半可な存在ではない。


 が、愚者共はあの化け物……『けんの頭脳』を決定的に軽視し過ぎている。


 数の力で押せば戦場でたおせはしよう。しかし、やつおそろしさはそんな次元にはない。

 この四年余の戦歴をしようさいに調べて理解した。

 あの化け物は人の『不可能』をあっさり、と『可能』にする。

 天災と同義と言えるこくりゆうを退け、四翼の悪魔をち、きゆうけつの真祖とそうぐうしても──平然と生き残っているのだ。この時点で人外中の人外。

 そして、それを成しげたのは、一般的にされているように『剣姫』の力だけではなく、奴の冷徹かつたぐいまれなる戦術・戦略眼によるものだ。我がゆいいつあるじ、ギル・オルグレン様があそこまでしたほどだけのことは……認めたくないがある。

 奴ならばだんぺん情報だけで、真実に辿たどり着く可能性は捨てきれない。

 ……あの男は『義挙』にさいやくもたらすだろう。

 ギル様をかろんじるやからなぞどうなろうと構わないが。

 グレゴリーは、私に構わず、北、南、西のとうめいな駒に指を置いていく。

「魔王軍と相対している西のルブフェーラ公爵家と王国騎士団主力は確かに動けないでしょう。北のハワードにはユースティンていこくが、南のリンスターには侯国連合の、アトラス、ベイゼルの二侯国がたい。その間にオルグレンは王都を落とし……」

 紫の駒を王都に集め、それを北と南方面へ二分。

「帝国、侯国連合と相対しているハワード、リンスターの後背をき、とう。王国を我が手に! ……これ、無理だと思いません? 兄上達の見通しはお甘いと思うのですが」

 グレゴリーは私にまたしても笑顔を向ける。

「コノハさんならどうします?」

「……用件が特段ないのでしたら、失礼致します。ギル様がしきだつしゆつしかねないので」

 我が主は現在、東都の屋敷で実質のなんきん状態にある。……私が軟禁した。

 急いで帰り、御顔を拝見しなければ。私の心はグレゴリーの気持ち悪い笑みを見るたび、ギル様をほつする。

 身をひるがえし扉を開けようとしていると、背後から声が飛んできた。

「ギルは脱走などしませんよ。何しろ、実の父親の命がかっているのでしょう? 今日、此処ここに呼んだのは、貴女あなたの目的がどうもよく分からなかったからです。ギルのことを思えば、アレン殿どのに会わせてやった方が良いのでは?」

 り向き男をにらみつける。むなもとにはまがまがしいせいれい教の黄金印。

 私が、ついたギル様へのうそ──老公ギド・オルグレンの命ははやどうあっても助からないのに、貴方が動かなければ助かる、とだましていることも知られている。

 グレゴリーの後方にある空間がゆがみ、深くかぶったフードで顔が分からない二人の灰色ローブと、私が絶対に死んでも忘れない母と姉のかたき──箱型のかぶとを被った聖霊騎士が姿を現した。

 灰色ローブの一人は明らかに男。もう一人の背が小さい方は……年のいった女か。

 ここに現れた原理は不明。おそらく、やみ魔法か転移魔法の応用。三人共、明らかに格上。

 聖霊騎士への殺意を『優先すべきはギル様』と心中で何度も唱えつつ、へいたんな声で返答。

「私は、ギル様の身の安全だけを考えているのです。当分、屋敷の外はあらしになるようなので。御疑いならば──心臓のじゆいんを発動されても構いません」

嗚呼ああ……得心しました。僕とて弟はいとしい。このような事に、大事な大事な彼を巻き込みたくはない。ありがとうございました。もう、行ってください」

 ……この男。ギル様が愛しい? いったい何をたくらんで? 不気味だ。

 私は無意識に、左手首に着けている母の遺品のうでそでしに握りしめていた。

 それでも私はギル様を守ってみせる。自分の命に懸けても。

 ──たとえ、相手がかいぶつだろうと、何であろうと必ず。

 私は頭を下げ、部屋を出て扉を閉める。

 グレゴリーが灰色ローブ達と聖霊騎士に向けえつの笑みを浮かべているのが見えた。

 ──くちびるを読む。


『『駒』はばんめんすべそろった』

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