公女殿下の家庭教師4 氷炎の姫君と夏休みに王国を救います

プロローグ


「リチャード・リンスター公子──……あ、いえ。副長! 全部隊配置につきました。はや、目標がしきからげ出すことは不可能です。命令があらば何時いつでもとつにゆう出来ます!」

「ありがとう、ライアン。待機、と伝えてくれるかな。通信ほうじゆを各自忘れないように。ふう解除は突入と同時。突入時刻はへんこう無し。消音ほうだ」

「はっ!」

 はいおく内の待機所に飛び込んできた若いこのは、きんちようした様子で下がっていった。

 おおやけの場以外は、リチャード、でいいって言っているのに……まだまだ態度がかたい。彼の実家はリンスターこうしやく幕下の男爵家だし、仕方ないのかもしれないけど。

 あのどくぜつさんぼうの弟さんとは思えないや。


『とっとと、サイクスはくしやく婿むこりし、実力主義のはん例になってください』


 頭の中に、彼のよく言う皮肉が聞こえてくる。

 ……ともそうなりたいものだね。窓の戸板を少しずらし、外をのぞく。

 すずしい初夏の風。かすかに潮のかおりが混じる。

 一山えれば大陸最大の塩湖であるえいかい。そこをわたってしまえば、もう外国だ。

 外はすっかり夜のとばりが下り、王国東北部の山村はしつこくに包まれている。

 雲は厚く月明かりすらない。目標である古い屋敷にもあかりなし。元の持ち主は西方出身だったのだろう、とくちよう的なせんとうが見える。屋敷周囲にかべらしい壁はなく、がき程度だ。

 となりに立つ見事なひげたくわえたそうねんの騎士へ話しかける。純白のよろいの上にはがいとう

「ベルトラン、因果だと思わないかい? つい先日まで、まがりなりにもどうりようだった男をらえる役回りが僕等だなんて。しかも……はんらん容疑だよ? 魔王戦争以来、王家に対する叛乱なんて、僕が知る限りない。それを、王位けいしよう権第二位だった男が画策するとはねぇ」

 近衛騎士団第二中隊の最先任騎士は、いかめしい顔をにし、僕へ返した。

「リチャード、たびの任務、我等を王都より呼び出さずとも……。てんがいきませぬ」

「ジェラルドをわざわざ引き受けた、オルグレン公爵家が動かないことかい?」

「……何か理由が?」

 熟練の近衛騎士は深刻そうにたずねてきた。部屋にめている他の騎士達も僕等の会話に耳をませている。みな、今回の任務に疑問を感じているのだ。

 ──王国四大公爵家は、王家に絶対の忠誠をちかっている。

 これは、かつて公爵家がほうじられた際、王家の血が入ったことと、様々な歴史的背景によってじようせいされてきたものだ。

 王国は、国土の南北に、ていこくこうこく連合という大陸列強と接し、西に至っては人類の宿敵である魔王領とゆいいつ接している。約二百年前の魔王戦争以降、魔族と人類は大規模にかんを交えていないとはいえ油断など出来るわけもなく、西方のルブフェーラ公爵家とそれにつらなる家々は無論、王国騎士団主力も西方に張り付いているのが常態化。

 結果、四大公爵家には、国家防衛および王家守護の高い自意識が自然と芽生えた。

 北方のハワード家は、約百年前、帝国との国境ふんそうに完勝、有力な農作物生産地帯として名高かったガロア地方をかつじようさせ、領国化している。

 僕の実家である南方をべるリンスター家は、侯国連合と二百年の間に三度の紛争を経験。祖母と母がかかわった第二、第三次南方せんえきでは一侯国ずつをへいごうした。

 西は西で、いくか魔王軍と交戦。かくかくたる戦果を挙げている。

 が、東方のオルグレン公爵家は、地続きのりんごくが友好関係にあるせいれい騎士団領であることと、東北部にえいかいがあることもあり、戦場のくんめぐまれなかった。

 ゆえに──王国と王家への忠誠心のはつとして、命をけることにちゆうちよしない。

 歴代オルグレン公爵で、てん寿じゆまつとう出来た人物は数えるほど。そんな家が、王族にかかわる事象で動かないのは不可解。昨日、えつけんした老人のやまいつかれた顔を思い出す。

 息をき、ベルトランへ告げる。

たんてきに言うとだね、老公は御病気なんだ。今春、新任の近衛騎士と王宮魔法士の就任式の際、お見かけした時はお元気そうだったんだけど」

「御子息が率いられれば良いのでは? すでに成人されている、とおくしていますが」

 熟練騎士にしゆこう

息子むすこが四名いるね。一人はまだ大学校生だったはずだけど」

「学生の公子殿でんは別として……にもかかわらず、老公は我等にらいをなされた、と?」

 部屋内にいる騎士達の空気がさらに重くなる。

『オルグレン老公と三人の息子達との間にかくしつあり』と知らしめるようなものだからだ。

 ──当初は、僕等がこんな王国の外れまでけんされる予定はなかった。

 連日、外交れい式典にり出されたうちの団長及び僕の妹はげんで、僕と毒舌参謀は二人がその発散にしようとつしないか、冷や冷やしていたのだ。

 そこへ、とうとつにオルグレン公爵じきひつの密書が王宮へと届けられた。


『ジェラルド王子、貴族派とせつしよくさかん。ほんの疑いこれあり。近衛の派遣を至急う』


 だれが派遣部隊を率いるかはふんきゆうした。事の重大さから、団長か僕か参謀が率いるのはひつかんかんがくがくのやり取りの結果、結局、僕になった、というわけだ。

 ベルトランが、こわった表情で再質問。

「……公爵家が動かぬのと、王宮魔法士派遣を断られた件は連動していますか?」

「確証はない。ただ、帝国大使が帰った後、リンスターと国境で接するベイゼル、アトラス侯国の特使。東方の聖霊騎士団からも国境沿いでの演習を伝えに使者が来た。近衛と王宮魔法士がいないのも、外交上、ね? 妹と王族護衛隊もいるし、十分な気もするけどさ」

 おおぎように両手を挙げ、もっともらしい理由を提示。

 が、最先任騎士をふくめ、他の騎士達はぜんとして押しだまっている。

 ──かつて、王国最弱とされていた近衛騎士団はこの数年で激変した。

 陛下じきじきの命をけ、実力主義を試験的に導入。わずか六個中隊、三百名足らずではあるものの、今や、王国最せいえいとすら評価される。騎士団内に残っていたジェラルド以下、守旧派の騎士達も王立学校の件以降に除隊処分となり、精鋭度は更にきわまった。

 同時に彼等は理解している。とく権益を守るために手段を問わない守旧派のあくらつさを。

 現団長の就任からして、もめにもめた。公的には名ばかり貴族の三男ぼうだし。

 ……僕の苦労を分かってくれるのは、アレンだけかもしれないなぁ。

 壮年の騎士へ返答する、

「御子息が率いない理由はね、長男のグラント殿どのは聖霊騎士団の演習に呼応する公爵家側大演習準備中。次男のグレック殿は王都。かの家は、他国の大使とかが来ると軍を率いて王都へ上る。三男のグレゴリー殿は病弱。四男のギル殿は大学校生。整合性は取れている。ほかに質問はないかな?」

「はい──戦場におもむく前に、心を落ち着かせようと思います」

 そう言うと、ベルトランはふところから映像宝珠を取り出した。

 そこに映っているのは──王宮内近衛騎士団演習場で、僕がリンスター家メイド長のアンナに公衆の面前で正座、お説教されている姿。後方には切り結ぶ妹とアレン。

 手をばしうばい取ろうとするも、太いうではばまれる。

「リチャード、何をするのです?」

「べ、ベルトラン! だ、誰から、そんな物を!?」

「王都を出る際、団長と参謀が『心が安らぐ宝珠だ』と」

「なん、だ、って?」

 周囲の騎士達もニヤニヤ。き、君達までっ!

 ……王都へもどったら、やつの奥さんにあれこれ話しておこう。

 口調を変える。


「──総員けいちゆう


 室内の近衛騎士達が、いつせいに居ずまいを正した。

「最終かくにんをしておこう。相手はジェラルド・ウェインライト。容疑は叛乱。王立学校の事件によりみぎうでを負傷。けんるえないが、魔法は使える。油断は禁物だ。なお、オルグレン老公の話によると、警備の兵は下がらせてあるそうだ」

「ふ、副長!」

 ほおを紅潮させたライアンが挙手。確か二十歳はえていた筈だけど。

「何だい?」

「王子がていこうした場合は」

ばくとどめるように。相手は一人。難しくはないだろう。他には?」

 騎士達は口を真一文字に引き結んでいる。戦意に問題なし。いいね。

「よし! では行こうか!!」



 ジェラルドのなんきん先である屋敷は意外なことに木造だった。優に築百年はっているだろうに、建物自体に目立った損傷はない。じゆうじん族のめずらしい魔法式が使われているようだ。

 突入した小隊長達から、次々と報告が入る。

『こちら、第二小隊、目標発見出来ず』

『こちら、第三小隊。人っ子一人いません!』

『第四小隊、同じく。副長殿、もぬけのからですぞ』

 僕は立ち止まり、独白する。

「誰もいない……? この屋敷にいたことはちがいない筈……」

 その時、通信宝珠にベルトランの野太い声がとどろいた。

『副長! 地下です! 大広間の大時計下から下りられます。地図にはない地下室、っ!』

『分隊長!?』

 しきの一階をたんさくしていた僕の耳を悲鳴とけんげきの音が打った。

 そくに命令を発する。

『第一、第二小隊、地下へ! 他の隊は出口をふうせよ!』

りようかい!!!』

 うすぐらい屋敷内を駆け、せん階段から地下へ向かう。

 ──一気に視界が広がった。相当広い。

 壁には複数の剣。そこをしよくだいわりにし、灯りがともっている。

 前方では剣ややりを構えた十数名の近衛騎士が戦列を組み、灰色のフード付き外套を着た大男とたいしている。ベルトランを含め複数の者達はあらく息を吐き、負傷。

 対して、左手に持った大剣をかたに置き、フードからくろちやぱつに白の混じりがみが覗く大男は無傷。左目はつめえぐられたひどきずあとつぶれ、右腕は半ばから黒いおおわれている。義手だ。

 すると、大男はとつぜん、右目をかっと見開き、大剣を振り下ろした。十数個の水ほうが高速発動。大水球がおそいかかってくる。上級魔法!

 とつに僕も剣を振るい、ほのお属性上級魔法『しやくねつ大火球』を発動。

 魔法同士がげきとつしようげきが発生。剣をかかげながら、やり過ごす。ライアンがおののく。

「ふ、副長の炎魔法とかく……?」

 大男の後方には、いくつかの木箱が散乱し、更に奥にはこけむしたいし。両開きの片方が開いている。どうやらジェラルドはあそこからだつしゆつしたらしい。

 ……うちの部下達相手に、単独でここまでわたり合い、仮にもリンスター直系の僕と互角の水魔法をあやつる、せきがんせきわんの騎士だって?

 そんな騎士、王国内でも数えるほどしか──そこまで考えて、僕は思い至った。

「そうか、貴方あなたですか。だが……です!」

「決まっている」

 低く重い声。グリフォンのようなするどい眼光。魔力が活性化し、屋敷全体がしんどう

 げんえきを退いて久しいだろうに、このあつ感。僕は剣をきつけ、きつもんする。

「お久しぶりですね。『黒騎士』ウィリアム・マーシャルきようこくりゆうの事件以降、いんとんされた、と聞いていましたよ。……ジェラルドをへやったんです?」

もんだな、リンスターの公子よ。私は王子殿下のもりやくである。たとえ、一度ひまをいただいたとしてもな。……我が大剣に懸けてまもりするとちかったのだ」

やつには重大なけんがかけられています。かばえば、な貴方とて!」

「くどいっ!!!」

 れつぱくの気合い。これは……洒落しやれにならない。

 かつての王国最強騎士が僕達へした。


「騎士ならば、剣で決着を。かかってくるがいい、若造共!!!!!」

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