公女殿下の家庭教師2 最強剣姫と新たな伝説をつくります

プロローグ


「──へぇ、あんた少しはやるじゃない。なんじやくそうなのに」


 すなぼこりう王立学校実技試験会場。となりけんを油断なく構えている短いあかがみの少女が、からかい混じりの声をかけてきた。

 僕とほぼ同じたけきやしやおそろしく整った顔立ちをしている。着ている物は明らかに上質で赤と白が基調。持っているのもおそらく名剣。

 印象的なのはひとみらんらんかがやき、僕に対するこうしんおさえきれていない。

 このじようきようでなんとまぁ。一生を決めるかもしれない試験の最中なんだけどな。

「どうも。あ、敬語じゃないとでしょうか──リディヤ・リンスター公女殿でん?」

けんなら買うわ」

 せつ、首筋に冷たい金属のかんしよく。目にも止まらない速さのざんげき。本気だったら、僕の首は飛んでいた。

 殺気はかいこうしやくれいじようさまからすればお遊びなのだろうけど……口より先に手が出る女の子か。こわい怖い。

 軽く両手を上げ降参。

「ちょっとしたじようだんだよ」

「笑えない冗談ね。るわよ?」

 言葉がキツイ。けど、剣をもどしつつもますます楽しそうだ。まるで玩具おもちやを見つけたにくしよくじゆう。相手は僕じゃないって。

 通常、教師もしくは受験生同士の一対一で行われる実技試験。なのに、今回は一対二。

 これだけでも異例中の異例だろうに、組むのがこんな危ない子。相手だって……め息がこぼれる。

 隣の少女が目を細めた。

「……今、私をバカにしたでしょう?」

「まさか。取りえず、先に片付けるのはあっちじゃないかな?」

 つちけむりに包まれている区画を指差す。地面が大きくけ、実技試験会場を囲んでいるかべの一部がとうかい

 つう、あんな風にこわれはしない。ぼうぎよ結界が複数重ねられていたのに……バターじゃないんだからさ。

 少女は少し不満気にしながらも、剣を自分のかたへ当て答えた。

「まぁ、いいわ。一時休戦してあげる。心やさしい私に感謝なさい」

「ありがとう。君の優しい心配りに、おおつぶなみだあふれ出そうだよ」

「……あんた、やっぱり私をバカにして」

 ごうおんと共にれきはじけ飛び、ちようじようを持った白ローブの男がかび上がってきた。

 耳が長く、神話じみた美形──エルフ族だ。

 顔を引きらせて……さつかくだろうか? 泣き出しそうに見える。

 あー分かります、分かります。入学試験でこんなりゆうの子を相手にするなんて思わないですよね? 上級ほうや魔法しようへきを斬るとか……おっとっ。

 半歩下がって斬撃をかい。前髪が数本、尊いせい。すぐさま剣がきつけられた。をこねる幼児のように、不満をぶつけてくる。

「今度こそ悪口を考えたわねっ! 言いのがれ出来ないわよ」

「お、落ち着いて。君は可愛かわいいな、と思っただけだから!」

「……私が可愛いですって? 鹿も休み休み……」

「本心さ。もっと髪を──そうだなぁ。背中にかかるくらいまでばしてくれた方が、僕個人としては好みだけどね」

「っ……あんた…………やっぱり……斬るわ……」

「ほ、めてるんだよ!? 斬られるのも困る。学校には受かりたいし」

「なら、さっさと片付けるわよっ! 後でじっくりお話ししましょう……私のことは、リディヤと呼びなさい。『公女殿下』とかつけたら殺すわ。あんた、名前は」

「僕の名前は──」


    *


 なつかしい夢を見た。もう四年前か。

 頭を温かい手が優しくでている。細い指とふかふかのまくらここいい。

 ここ最近、何かといそがしかったし、思った以上につかれていたみたいだ。

 ──ゆっくり目を開ける。

 見知ったてんじようとソファの感触。

 えーっと今日は、我がままじようさまからリンスター家に呼ばれ、来てみれば、こうれいの無理難題。『まぁまぁね。次はこれを着て』『兄様! とってもてきです』『アレン様、お似合いでございます! その角度、ありでございます!』。……大学校の卒業式で、苦行は終わりだと思ってたのに。

 僕はこんりんざいしつ服は着ない。着ないったら着ないぞ! 一生分の執事服は着たんだっ。

 どうにか着せえ人形業務をこなし終え、少し休もうとあいつの部屋にあるソファで横になって──赤い小鳥がえがかれたマグカップを片手に持っている、れいな長い紅髪の女の子が隣からのぞき込んできた。だんの剣士風ではなく私服姿。

 ……不覚にも、ドキリ、としてしまった。

 幼さが消え、とても綺麗になったけれど、あの日、僕へ見せた心底楽しそうな瞳は変わらない。

「あら、起きたの。夜までそのままだったら、外へほうり出してやろうと思ってたのに。私の楽しみをうばわないでよ。気がかないわね」

「……夢を見たんだ。覚えてるかな? 僕等が初めて会った──外に放り出すのはひどいなぁ。優しくしてくれてもいいじゃないか。要望にはこたえたんだし」

「覚えてないわ。あと、あんたが私に応えるのは生まれたしゆんかんからの義務、加えて、私は何時いつでも、何処どこでも、だれよりも優しいでしょう?」

「出来ればもっと優しくしてほしい」

「へぇ、具体的には?」

 テーブルへマグカップを置いたのは僕のくさえんにして、王国四大公爵の一角、南方を守護せしリンスター公爵家の長女リディヤ。

 王国内でも数えるほどしかいない『公女殿下』のけいしようを持つさいえんだ。

 この国では、歴史的背景から公爵家の人間に『殿下』をつける。王位けいしよう権もいまだに持っているとかいないとか。

 出自だけでもものすごいのに、『けん』の異名を持つ国内くつの剣士であり、十七歳でほのお属性きよく魔法『えんちよう』を使いこなす魔法士でもあり、王立学校、大学を首席かつ飛び級卒業した才媛でもあり──しやべらなければうるわしい美少女でもある。

 要は完全無欠の御嬢様なのだ。……性格を除いて。

 細い指が髪をいじくり続けていて、くすぐったい。

「敢えて聞くけど、仮に言ったら、少しは考えてくれるのかな?」

「私はかんだいだから、斬られるか、焼かれるかを選ばせてあげるわ」

「……少し期待した僕が馬鹿だったよ。何時?」

 身体からだを起こそうと──小さな右手が僕の肩を押さえる。

 うわ。いやな予感。

「まだてなさい。そろそろ、夕食が出来るから」

「明日の準備もあるし、帰るつもりなんだけど?」

「駄目」

「リディヤ……もしかして、まだ少しおこってたりする?」

「……はぁ? 自意識じようね。そんなわけないでしょう」

 感じるのは強いね。丸一日、付き合っても不満は解消されていないみたいだ。

 左手を伸ばしサラサラとした髪にれる。

「ごめんよ。本当なら僕も、明日は君といつしよに王宮魔法士の就任式へ行けたのに」

「だーかーらぁ、気にしてなんかいないわよ。あんたはハワード公爵からたのまれたからって王立学校の入学式へ行くのに、妹が入学する私は行けないとか、全っ然、気にしてないわ。……私以外の女の子と魔力をつないだ事も、本当の本当に気にしてないし」

「…………」

 根は深いらしい。元々は僕が失敗したせいなので、責めづらい。

 リディヤと王宮魔法士を目指していた僕は試験に落ち、三ヶ月前から、四大公爵の一角、ハワード家の次女であるティナと、ハワード家のじゆうちん、ウォーカー家のあとむすめであるエリーの家庭教師をさせてもらっている。

 予定では二人を王立学校へ入学させるまでだったのだけど、諸事情あってけいぞく中。

 魔力を繫いだ、というのは僕の変わった能力で、ごく親しい人物にしか教えておらず、繫いだことがある人物も、むくれているけん様と妹、つい先日繫いだ教え子のティナしかいない。

 ティナと繫いだ件は、秘密にしておこうと固く決意し……再会後三日と持たず、あっさりバレた。するどぎるよ。

 生きながら、死後の世界を体験する羽目におちいるとはなぁ……。

 リディヤは、家庭教師を続けるのが気に入らないらしい。いわく『十分でしょう?』。

 僕もそのつもりだったけど……ハワード家の庭であった出来事がのうに浮かぶ。

 ──墓場まで持って行こう。生きていたいし。

 今度こそ上半身を起こし、拗ねた御嬢様をなだめる。

「僕も王宮で、君の晴れ姿が見たかったよ」

「……明日は、普段のかつこうで行くわ。服装の指定もないし。だいたい、あの馬鹿王子からじろじろと見られて、同じ空気を吸うと想像するだけで、心底気持ち悪いっ!」

「理解はするけどね。でも折角、綺麗だったのに」

「……それは私? それともドレス?」

「当然、ドレス」

「死になさい♪」

 がおで手刀をり下ろしてきた。両断される寸前でかろうじて押さえる。

「リ、リディヤ、危ない、危ないからっ」

「なってない下僕ねっ! ばつとして、ん」

 両手を伸ばしてきた。

「……しないよ」

「んー!」

「…………しょうがないなぁ」

 きしめようとした時、ノックの音。「リディヤ御嬢様、アレン様」、聞き知ったメイドさんの声。夕食らしい。

「ちっ。間が悪いわね」

「……僕は君の育て方を何時、ちがえたんだろうね?」

「あんたに育てられたつもりはないわよ。私があんたを育てた、の間違いでしょう?」

 さっきまでの拗ねは何処へやら。一転、楽しそうに軽口。

 ……半ば演技か。まったく油断もすきもない。

 立ち上がったリディヤが僕の右手を両手で引いた。

「ほら、行くわよ。今日は、まってきなさい。明日の入学式が終わったらすぐうちに来ること!」

「いや、だけど……それにお昼は妹と約束してるんだ」

「なら、その後合流しなさい。ハワード家へつかいは出しておいたわ。あんた、明日は正装しないといけないでしょう? うちでたくしないと駄目。私だけ王宮魔法士の就任式へ行かせるんだから、少しはじようしなさいよ」

 譲歩、なのかなぁ。むしろ、むしり取られている気が。

 ただ、目の前の御嬢様はめずらしく不安そうに僕を見ている。こんな顔は反則だ。断れるはずないじゃないか。

「──分かったよ。甘えさせてもらうね」

「! さ、最初から言いなさいよ、バカ」


 その晩、ぱらってごげんなリディヤを寝かしつけるのは大変だった。

 僕が寝た場所についてはもくけん

「うふふ~♪ はい、は一回でしょぉ──」

 ……起きた後がこわい。

 はぁ。朝、どうやって先にけ出そうかな。

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