プロローグ


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『最近の悩みは何だ?』

 そう聞かれれば、俺は真っ先にこう答える。


「三人の義姉がいることだ」


 まあ、これを伝えた時、友達からは『あんな美人三姉妹が義姉で何に悩むんだ? 遠回しな自慢か。そうか死ね』と言われたが、そうじゃない。違うんだ。

 確かに年上の美人な義姉が出来れば、俺みたいな男子高校生は誰だって飛び上がって喜ぶだろう。色んな妄想を膨らませて、期待をして、部屋の中を飛び回ってもおかしくない。というか、俺はやった。そしてベッドから転げ落ちて足を挫いた。

 まあ、それはともかくとして。

 美人な義姉が三人、降ってわいたように現れたんだ。しかも男手ひとつで俺を育ててくれた親父の再婚という嬉しいニュースのおまけ付きで。

 初めて顔を合わせた時は緊張しまくったさ。これからこんな美人三人と一緒に暮らすなんて本当かと。俺の人生は今が最高潮で、後は転げ落ちていくだけなんじゃないかと、そんな風にすら思ったさ。

 だけどな、過去の俺。お前は未来を知らないからそんな風に思えたんだ。

 お前が妄想しているあれやこれが全部現実になったとして、それがどんなに大変か、お前はまだ知らないだけなんだ。それを知った時、お前は俺と同じ悩みに苛まれることになる。

 断言してもいい。

 義姉が三人いる。

 それは間違いなく悩みの種で、今まさしく、俺は絶賛頭を悩ませているんだ──ッ!

 

「くぅ、すぅ。ん~……」

「また!? 秋ねえッ! 俺のベッドに潜り込んでくるのはやめてって、何度も言ってるよね!?」

「ん~……はる君~。……あと5分~」

人のベッドに潜り込んでおきながら、何言ってんだこの人は。ていうか、月曜の朝っぱらから勘弁してくれ。週の初めぐらいすっきりとした朝を迎えさせてくれない!?

「はあ。……寝てたいなら好きにしていいよ。俺は起きるから」

 ここ最近の義姉さんたちとのやりとりで学んだ。時には諦めも大事だって。受け入れるとさらに調子に乗るってのはわかってるけど、毎度注意するのも疲れるんだよ。

 あとは、まあ。役得だーって、ほんの少しは思ってたりもしますし……? ホント、少しだけ。

「って、うわっ!?」

「んふふ~。はる君も~、もうちょっと寝てよ~?」

「それで“もうちょっと”だった試しがないんだけど!?」

 昨日の日曜日なんて結局昼近くまで布団の中でゴロゴロしてたじゃないか! 色んな意味で大変だったんだからね!?

「ダメ~。私は~、はる君といっしょがいいの~」

「ちょ、秋ねえ。手。手、強いからっ」

 え、何この力。握られた手首が軋んでる気がするんだけど!?

「えへへ~。はる君だ~。ぎゅ~」

「いやだから俺は起きるって、むぐ……っ」

 いやいや、待って。なんでこんなに力強いの!?

 しかもすっげぇいい匂いするし、胸元で抱きしめられてるから、なんて言うかこう、朝の男の子的事情が加速する。……パジャマってなんでこんなに生地が薄いんだろうね!?

 しかも秋ねえって、三姉妹の中では一番たわわに実ってらっしゃるし。果たして今俺がいるのは、天国か地獄か──、と。

「秋奈姉さん!! どうしていつもいつも春斗のベッドに入ってるの!?」

 これもここ最近の朝の風物詩。

 目覚ましの音よりよく起きられる夏希姉ちゃんの怒声。

 というか、秋ねえって絶対にこの時間を狙ってるよね? 夏希姉ちゃんが朝ご飯を作ってて、冬華姉さんがパタパタと朝の準備をしてるから俺を独占出来るし。

 それに一体どれほごの価値があるのかは知らないけどな!

「もー、いつもいつもいつも──っ!!」

 そうそう。ここで夏希姉ちゃんが秋ねえを引っ張り出すのがいつもの流れ──。

「秋奈姉さんだけズルい!! 今日は私も一緒に寝る!!」

 とか思ってたらまさかのダイブ!? そこは意外性を出さなくてもいいとこだよ!?

「あはっ。春斗って良い匂い~。なんか幸せになってきちゃったぁ」

 いやいや、その頬ずりはヤバいから。ちょっとどこの匂い嗅いでるの!? ていうか、もぞもぞ動かないでッ!!

 あー、ヤバい! 秋ねえに加えて夏希姉ちゃんのやわらかい感触で、ただでさえ寝起きの固さを誇ってた下半身が、氷点下のバナナみたいになってる!?

「ん~? なっちゃんもいっしょに寝るの~? 今日だけは許してあげる~」

 だからそれはマズいって! ていうか、なんで秋ねえが許す側なの!?

「ちょ、二人とも。やめてってば」

「やだ~。まだ寝るの~」

「春斗と一緒に二度寝ー」

 いや、あの。秋ねえも夏希姉ちゃんも、全く起きる気が無いの? 遅刻するよ? そしてもうひとつ付け加えると、それ以上強く抱き締められたら窒息するよ?

 いいの? そうなったら死因は義姉さんのおっぱいだよ? 何それすっげぇダサい死に方。絶対やだ。

「二人ともいい加減に──」

「はる君~、暴れちゃダメ~」

「いいでしょ、春斗。ちょっとぐらい」

 ダメ。絶対にダメ。だって俺にはひとつの予感がある。その言葉はきっと誰でも一度は聞いたことがあるはずだ。

 今この時以上に、あの言葉が相応しいタイミングはない──ッ。


「夏希。秋奈。何をやってるんですか?」


 そう。──二度あることは三度あるッッッ!!!!

「と、冬華姉さん……」

 秋ねえの胸の谷間から見えるのは、スーツ姿のクール美人に見せかけたポンコツお姉さん。

 黙りこくったその姿は一見怒っているようにも見えるけど、俺は知っている。秋ねえと夏希姉ちゃんに絡まれている俺を見た時、冬華姉さんは絶対に怒らないと……。

「どうして私を入れてくれなかったんですか!? ズルいですよ、二人だけ春斗君と一緒に寝てるなんて!!」

 ほ~らな? 予想通りだよ!!

「と、冬華姉さん。ほら、もう時間もあんまりないし、二人を起こすの手伝って──」

「──よいしょ」

「何が『よいしょ』だッ!!」

「いいじゃないですか!? 私だって春斗君とイチャイチャしたいんです!!」

「死語だろ、それ!」

「ひ、ひどいです。アラサーの私に向かって、自分は学生アピールなんて!! それはそうと、お邪魔しますね」

 な? 俺の言葉なんてどこ吹く風、当たり前のようにベッドに潜り込んでくるんだ。しかも布団の代わりとでも言うように俺を上から抱きしめるようにして。

でも、しょうがないよね! だってシングルベッドに四人で寝ようとしてるんだから!!

 あ、ちょっと待って!! しっくりくるポジションを探してもぞもぞしないでくれない!? 感触があれだし、男の子の秘密のテントが擦れてヤバいからッ!!

「春斗君と一緒にいると幸せですねー」

「はる君~。もっとぎゅ~」

「あ、私も! 春斗ー」

「……」

 ……もうわけがわからん。どうすりゃいいの、これ……?

 ていうか、皆さん。時間、わかってます? 時計、見てます? そんな強く抱きつきながら寝息を立ててる場合じゃないですよ?

「今日、月曜だからッ!! みんな遅刻するって!!」

 身動きは取れなくても声は上げられる。これがせめてもの抵抗だ。しかし、

「……ごほ、ごほ。あれ、何だか風邪っぽいですね」

 社会人である年長者が、真っ先に嘘とわかる仮病を使う体たらく。ていうか冬華姉さん。今朝は職員会議って、昨夜めんどくさそうに言ってなかった?

「今日は休講にしちゃお~」

 ダメだろそれは! 授業料を払っている生徒に申し訳ないと思わないのか、この助教授は!?

「私は春斗部屋登校するよ!!」

 保健室登校みたいに言っても意味わかんないから。生徒会長がサボりはダメだろう。……まあ、この世の中には仮病を使って休もうとする教師がいるみたいだけど。

「おや、春斗君も風邪ですか? 体温高いですよ」

 そりゃ、こんだけ密着されてればそうなるよね!?

「はる君も大学生になった時のために、休講を練習しようよ~」

 わけわかんないし、不毛だし。何からツッコめばいい?

「逆に考えようよ!! ここが学校で、私たちはもう登校してるんだって!!」

 こんな素っ頓狂なことを言うのが生徒会長なんて、入学早々不安になってきた。大丈夫か、うちの高校……。

「いや、ホントにそろそろヤバいから!!」

 これ以上義姉さんたちに付き合ってたら、冗談じゃなく遅刻する。

「春斗君。よく言うじゃないですか。学校なんて行っても無駄だって」

 教師であるあんたがそれを言うか!?

「どうせ大学生になったら~、午後が午前中になるんだし~、高校生の内も変わらないって~」

 いやだから、その理屈はおかしいからね大学職員!!

「春斗。私、サボりって初めて!!」

 なんでちょっとウキウキしてんの!? てか、サボりって認めたよね生徒会長!!

 ヤバい。この姉妹と一緒にいたら本当にダメになる──ッ。

 もうさ、本当に勘弁して欲しいんだけど!? どうやったら普通の朝を迎えられるのか、誰か俺に教えてくれ!!

 朝起きるだけで何だってこんなに疲れなきゃいけないんだよ……。

 この手段だけは取りたくなかったけど、もうしょうがないよな。

「今日の学食のメニュー、冬華姉さんの好物じゃなかったっけ? 俺、一緒に食べようと思って楽しみにしてたんだけどな」

「!? 春斗君、いつまでも寝てちゃダメですよ! 早く起きて学校に行きましょう! 私も準備しますから!!」

 冬華姉さん、一抜け。

「せっかく夏希姉ちゃんが作ってくれた朝食が冷めちゃうよ。俺、夏希姉ちゃんの料理、好きなのに」

「!? 春斗! ご飯の前にはちゃんと手を洗わなきゃダメだからね。あ、そうだ。春斗の好きなおかずを追加してあげるよ!!」

 夏希姉ちゃん、二抜け。

「秋ねえ。頼むよ」

「ぅえへへ~。はる君は甘えんぼさんだな~。しょうがないな~、も~」

 そして秋ねえも三抜け。

 こうして俺は義姉さんたちの残り香漂うベッドの上に一人取り残される。

「はあ……」

 わかるか? 毎朝毎朝こんなことを繰り返してる俺の苦労が。しかもあんなことを言ったせいで、さらに甘やかしが増長するんだぜ?

 インフレなようでいて、圧倒的なデフレスパイラル。ここ最近の義姉さんたちとの生活は一事が万事この調子なのだ。

「春斗君。早く学校に行きましょう!」

「春斗! ご飯出来たよ!!」

「はる君~。おいで~」

「……わかったよ」

 最初に出会った頃はこんなことなかったのに、ここ最近の義姉さんたちは本当に様子がおかしい。一事が万事この調子だ。

 しかも家の中だけじゃ飽き足らず、外でも異様にイチャつこうとする始末。俺が一体どれだけの言い訳を並べ立ててきたと思っているのか。

 だからさ、最近の悩みを聞かれたら俺はこう答えることにしてるんだ。


「義姉が三人いることだ」って。

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